拳を守り、美を添える! 小さな「鍔」の偉大な役目

 当たり前のお話ではありますが、刀は刀身本体だけでは十分に機能することができません。グリップである「柄」やケースである「鞘」、その他さまざまな部品や材料によって一振りの「刀」として完成されるのです。

 刀の外装のことを「拵え(こしらえ)」と呼びますが、実用的な機能だけではなく同時に美術品的な価値も付加される、装飾としての見せどころでもあります。そんな拵えのなかでも、今回は「鍔」に注目してみましょう。刀身の根元、柄との境目に取り付けられた円形や楕円形などの金属板である鍔、その機能と「作品」としての見どころについてのお話です。

鍔の役割その①「護拳」

 「刀の鍔は何のために付いているの?」という質問がありますが、第一としては拳を守る「シールド」の
機能が挙げられます。

 現代の剣道でも「小手打ち」という技がありますが、手元を狙うのは剣術の常套手段であり、また手を負傷すると著しく戦闘能力が低下してしまいます。

 刀を持って中段同士に構えてみるとよくわかりますが、お互いに相手の手元は最も近い攻撃部位となり、刃先が触れ合うほどの間合いともなればそのまま小手へと打ち込むことも可能となります。そこで、鍔があることによってその最短攻撃を防ぎ、手元の防御を固めることができるようになります。

 鍔は小さな部品ですがその防御能力は堅固で、剣術流派によっては相手の斬撃を鍔元で受け止めるといった遣い方をする場合もあります。この「護拳」の機能は日本刀だけではなく西洋のレイピアやサーベルも同じで、剣術者にとっての弱点である「手元」をどのように守るか、というテーマに応えたものともいえるでしょう。

鍔の役割その②「滑り止め」

 鍔には敵の攻撃から自分の手元を守るという機能の他に、自らの刃で手を切ってしまわないよう「滑り止め」としての役割も考えられます。

 普通、刀は右手を鍔側に、左手を柄頭側にして構えますが、刃との境目に鍔があることで、自動的に右手がそこで止まるようになっています。

刀を構える写真

 技や戦闘時の状態によっては途中で右手を柄から離して握りなおすこともあり、また力の入り加減によっては右手がぐっと前に押し出されることもあるため、そういった時にもし鍔がなければそのまま自身の刀の刃で手指を傷つけてしまう恐れがあります。鍔があることによって、安心して同じ位置で柄を握ることができるというのも、大きなメリットとなっています。

鍔なしの外装

 日本刀の拵えにおいて重要な役割を果たしている鍔ですが、中には「鍔なし」の刀も存在しています。短刀などには鍔を付けていないものが多いですが、これは格闘戦で逆手に持って使う場合の取り回しなどから、自然に鍔を必要としない例でしょう。

合口拵えのイラスト

 鍔のない外装は「合口拵え」などと呼ばれ、上杉家の刀剣コレクションで有名な「山鳥毛」や「姫鶴一文字」などがこのタイプに該当します。鍔がないことで独特のバランスを醸し出す拵えですが、「鍔がないとこうなるのか」と、鍔の機能を再確認させられる思いを抱いてしまいますね。

美術工芸品としての鍔

 鍔はごく小さな部品であり、極論すれば金属の板ではありますが、実際には刀を差した状態で最も目立つ部品のひとつであるともいえます。

 細工の自由度も高く、透かしや彫刻、あるいは象嵌等々、金属工芸技術の粋を凝らした作品が数多く生み出されてきました。現在では鍔だけをコレクションする愛好家もおり、ひとつのマーケットを形成しています。

サンフランシスコのアジア美術館で展示された鍔
サンフランシスコのアジア美術館で展示された鍔(出所:wikipedia

 名工の作には刀身と同様に「銘」が入ることもあり、鍔そのものが独立した工芸ジャンルといっても過言ではないでしょう。

 刀は腰に差した状態で外側にあたる方を「差表(さしおもて)」、自身の体側の方を「差裏(さしうら)」といいます。鞘の鯉口付近には小さなナイフである「小柄(こづか)」と、一本歯の櫛と耳かきが一緒になったような「笄(こうがい)」を収納することがあります。その場合、普通は小柄を差裏、笄を差表に取り付けますが、刀を鞘におさめたままだと鍔が邪魔して小柄や笄を自由に取り出すことができなくなります。

 そこで、鍔にはあらかじめ小柄と笄がすり抜けられるだけの穴が設けられていることが多く、楕円や半円、あるいは楕円にもう一段小ぶりな楕円が張り出した二段の鏡餅を思わせる形などがあります。この「櫃穴(ひつあな)」によって刀を抜かずとも、任意の道具を鞘から取り出せるように配慮されているのです。

 鍔の両側に穴が開けられている場合もあれば片側だけのこともあり、拵えや好みから片方または両方の穴を赤銅などで埋めておくこともあります。

 鍔は柄が目立つ方や銘が入っている方が「表」になることが多いですが、小柄と笄の取り付け位置の制約により、表と裏は自然に決まってきます。柄側に向く面は刀を差したときに相手からよく見えるため、こちらを表とする場合が多いようです。

 鍔の意匠はじつに様々で、花鳥風月に武者絵、吉祥文や中国の故事などの物語性をもったもの等々、遊び心を十分に発揮した小さな芸術として愛されています。

おわりに

 鍔は刀身そのものと違って取り扱い時の危険性が低く、また保管にも場所をとらないためコレクションしやすい金属工芸品としても人気があります。近年ではネットオークションでも数多の鍔が出回り、アンティークのひとつとして鑑賞するという楽しみ方もあります。

 眺めるだけでも情趣のある、鍔。武器そのものではない、守るための役割に思いを馳せてみるのも、また一興です。


【参考文献】
  • 歴史群像編集部編『歴史群像シリーズ【決定版】図説 日本刀大全Ⅱ 名刀・拵・刀装具総覧』(学習研究社、2007年)

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  この記事を書いた人
帯刀コロク さん
古代史・戦国史・幕末史を得意とし、武道・武術の経験から刀剣解説や幕末の剣術についての考察記事を中心に執筆。 全国の史跡を訪ねることも多いため、歴史を題材にした旅行記事も書く。 「帯刀古禄」名義で歴史小説、「三條すずしろ」名義でWEB小説をそれぞれ執筆。 活動記録や記事を公開した「すずしろブログ」を ...

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