<特別展「黒田長政没後400年 黒田侯爵家の名品」は、2023年9月15日(金)から11月5日(日)まで福岡市博物館で開催します>
旧福岡藩主、 黒田家の貴重なコレクションは、現在福岡市が所蔵するものだけでなく、より多数の古美術品を含むものでした。これらは江戸時代に収集されたものを基本として、明治時代から昭和時代戦後に至る間に新たに 「家宝」 として整理され、その後、一部は売却 ・ 譲渡されています。初代藩主黒田長政の没後 400 年を記念した本展では、 明治時代から昭和時代戦後における黒田家のコレクションのうち、「家宝」 とされた貴重な資料を揃え、現在のコレクションを形作った、近代黒田侯爵家の「家宝」 のあり方を、 国宝・重要文化財を含む約 140 点の資料から紹介します。
◆ 第1章 黒田家の「重宝(じゅうほう)」
明治時代前半期までの黒田家の重要な宝物は、3代藩主黒田光之の時代にまとめられた「黒田家重宝故実」に記載された「重宝」でした。「重宝」は、黒田家が筑前一帯を領有する要因となった、如水、長政親子の活躍を子孫に伝える品々です。如水、長政親子の時代の古文書や武具などを中心とし、徳川将軍家からの拝領品や織田信長、豊臣秀吉と縁があるもの、如水・長政の愛用品などがありました。
◆ 第2章 「家宝」 の誕生
明治時代後半、黒田長成が当主となった黒田侯爵家では、従来の「重宝」にかわり、新たに「家宝」を定める動きが起こりました。「第一家宝」「第二家宝」の2種類に編成された家宝帳には、「重宝」に加え、長政以降の歴代藩主の肖像画や、金印「漢委奴国王」のほか、「黒田家重宝故実」に含まれなかった絵画や茶道具などが記載されています。家の歴史にとどまらず、貴重品を網羅した「家宝」の時代の到来です。
◆ 第3章 移動する「家宝」
黒田侯爵家では、昭和10年代に道具の整理が行われ、「家宝」の譲渡・売却が始まりました。戦時期には大規模な売立を行っています。「家宝」の移動先には、石橋正二郎、出光佐三、松永安左エ門といった福岡に縁のある人物も含まれていました。「家宝」の移動は戦後まで続きました。戦後の「家宝」の移動は、大規模な売立は行わず、 黒田家の経営に参画していた家政相談人を介したものでした。
◆ 第4章 新たに加わる名品
「家宝」は、 江戸時代に黒田家が所蔵していたものを再編成しただけでなく、明治時代以降に黒田家に加わったものも含みます。黒田家にまつわるものとして他所から贈与されたものや、「皇室の藩屏」たる華族へ皇室から下賜されたものなどがありました。また、「家宝」とは別に「貴重品」とされたものもあります。
◆ エピローグ 黒田侯爵家と福岡
黒田家は明治4(1871)年以降、福岡を去り東京に本邸を構えました。福岡との関係は近代も続き、中学修猷館〔現 福岡県立修猷館高等学校〕の復興、学生への奨学事業、在京福岡県出身者との親睦などに関わっています。 大正11(1922)年には、「黒田長政公三百年祭」が行われ、併行して福岡市主催の博覧会が開催されるなど、 黒田侯爵家と福岡との関係は続いていくことになります。