いまさら聞けない「戦国時代」。その時代区分や特徴など、最新の学説を交えて解説!

桜ぴょん吉
 2021/08/24

合戦後の荒廃イメージ

戦国時代は日本史上最も魅力的な時代のひとつとして、令和の今でもゲームや漫画・小説や時代劇などでよく取り上げられます。しかし、戦国時代の期間は人によって違うようです。戦国時代の始まりと終わりは一体いつなのでしょうか?

各説の根拠や室町時代・安土桃山時代との違いもふくめ、その特徴とともに近年の動向を紹介したいと思います。

戦国時代の契機と期間

主な契機

まず、戦国時代のターニングポイントとして注目を集めている事柄をおさらいしましょう。

  • 1454年:享徳の乱
  • 1467年:応仁・文明の乱
  • 1493年:明応の政変
  • 1568年:織田信長の上洛
  • 1573年:足利義昭の追放
  • 1590年:豊臣秀吉の関東平定
  • 1600年:関ヶ原の戦い
  • 1603年:徳川家康の征夷大将軍就任
  • 1615年:大坂夏の陣

中でも近年新たに加わったのは「享徳の乱」と「明応の政変」です。

「享徳の乱」とは、関東で25年近く続いた戦争です。戦国時代、上杉謙信が「関東管領」を名乗ったように、室町幕府は関東近辺を治めるために一族を鎌倉公方として派遣し、上杉氏を関東管領に任じて補佐を任せていました。その鎌倉公方・足利成氏と関東管領が対立した上に、将軍・足利義政が関東管領に味方して介入、約25年も続く泥沼戦争となりました。

「明応の政変」とは、室町幕府管領・細川政元が、将軍・足利義稙を追放し、足利義澄を新将軍に据えたクーデターです。政変後、政元が全権を握りますが、義稙派との争いや、政元の暗殺、細川家の家督相続争いなどで室町幕府の威信は更に傾きます。

戦国時代の期間の諸説

戦国時代の始まりと終わりはいつなのでしょうか。最近の動向の一例として、日本の歴史を通史的に扱った叢書においての区切り方をみてみましょう。

文中に登場する書籍(『』内は書籍名)に関する情報は、文末の【主な参考文献】一覧をご覧ください。

始まりの諸説

戦国時代の始まりは、以下の三つの時期が注目されています。

  • 1、応仁の乱(1467年)
  • 2、明応の政変(1493年)
  • 3、享徳の乱(1454年)

最も一般的なのは、「1、応仁の乱(1467年)」を戦国時代の開始とする説です。『日本の時代史』、『日本の歴史』の他、ほぼ全ての書籍で戦国時代のきっかけとして注目されています。

加えて近年は、別のイベントに注目する研究もあります。例えば『日本の歴史』や『岩波講座日本歴史』は戦国時代の本格的な幕開けを「2、明応の政変(1493年)」とします。

また、『列島の戦国史』では、逆に享徳の乱が応仁の乱に影響を与えたとして、「3、享徳の乱(1454年)」を戦国時代の始まりとしています。

終わりの諸説

戦国時代の終わりも、以下の時期に分かれます。

  • 1、信長の上洛(1568年)
  • 2、秀吉の関東平定(1590年)
  • 3、大坂の陣(1615年)

最も一般的な説は「1、信長の上洛(1568年)」で、『日本の時代史』、『日本の歴史』、『岩波講座日本歴史』などが採用しています。

一方で、『日本の歴史』は「2、秀吉の関東平定(1590年)」までとし、『列島の戦国史』は「3、大坂の陣(1615年)」までを扱っています。

戦国時代は最長で享徳の乱から大坂夏の陣までの約160年間、最短で明応の政変から織田信長の上洛までの約75年間で、説によって90年ほど開きがあります。

各種説のポイント

各説で違いがあるのは、出来事の評価が本によって異なるからです。

戦国時代の判断基準は、どの本もおおむね「室町幕府の政治システムが崩壊していること」と「各地に自律的な勢力(戦国大名)がいること」をあげており、大きな違いはありません。

しかし、たとえば、信長が上洛した後をどう評価するかとか、秀吉が関白になった頃は群雄割拠かどうかとか、あるいは地方での動き(関東で発生した享徳の乱)を全体の流れでどれほど重視するかが、本の編集方針やその時点での研究動向、執筆者の立場によって違ってくるのです。

戦国時代の期間に違いが出ることは、歴史の事実関係が異なっているのではなく、あくまで出来事の評価が異なることで生じる現象なのです。

最新の歴史教科書は?

ちなみに、最新の教科書ではどう書かれているのでしょうか?

『ここまで変わった日本史教科書』によると、戦国時代の始まりは応仁・文明の乱とするものの、関東で享徳の乱があったことに触れている本が多いようです。また戦国時代の終わりは諸説あり、信長上洛までのものや、室町幕府滅亡まで・信長の時代まで・秀吉の全国統一まで・秀吉の時代まで、など本によって異なるようです。

戦国時代の位置づけとしては、中世(鎌倉時代・室町時代)から近世(江戸時代)までの転換点とする本が多く、細かい事柄を覚えるよりはむしろ大枠で時代をとらえることを優先しています。

研究の分野でも、安土桃山時代を転換点・プレ江戸時代とする扱いが近年広まっています。『岩波講座日本歴史』など、安土桃山時代を江戸時代と同じ巻で扱う通史も増えており、教科書の記述も学会の動向を反映したものになっています。

隣接する時代との違いは?

隣接する時代との違いをまとめてみましょう。

室町時代との違い

室町時代は、戦国時代の前の時代です。室町時代には、京都室町に幕府があり、足利家出身の将軍を頂点とした全国統治システムがありました。

室町将軍の委任をうけて地方を治めていたのが守護大名です。京都に近い国の守護大名は、幕府政治を助ける任務も帯びていたので基本的に在京し、領国は守護代に任せていました。

守護にとって、「将軍の任命」は領国の統治に不可欠でした。たとえば今川家の後継者争いを見ると、永享5(1433)年に今川範忠と千代松丸が争ったとき、両者は駿河から京都に出張して、将軍・足利義教に自分の正当性を訴え、勝訴した範忠が跡を継ぎました。一方で、戦国時代の天文5(1536)年に今川義元と玄広恵探が争ったときは、幕府の意向を聞くこともせず、実力で勝利した義元が跡を継いでいます。領国統治に「将軍の任命」が効果があったのが室町時代、と言えるでしょう。

安土桃山時代(織豊期)との違い

安土桃山時代は、戦国時代の次・江戸時代の前の時代です。この時代は豊臣秀吉の全国統一が進み、戦国時代の雰囲気を残しながらも世の中が平穏になってきた時代です。専門用語では「信長と秀吉の政権があった時代」という意味で「織豊期(しょくほうき)」と呼ぶこともあります。

この時代は、室町幕府が完全に権威を失ったこと、新たに全国に号令する人物が出て来たこと、に特徴があります。特に豊臣秀吉は、全国の戦国大名を家臣として取り入れ、自分の命令に従わせるシステムを作りました。実力でのし上がった大名ですら秀吉に従わざるを得ない点が、戦国時代と大きく違う点です。

安土桃山時代は「室町時代の最後」というよりむしろ「江戸時代につながる時代」として、新しい時代の幕開け的に扱うことが近年では多くなっています。

戦国時代の特徴まとめ

最後に、改めて戦国時代の特徴を振り返ってみましょう。

室町幕府の崩壊

戦国時代は、それまで全国を統一していた室町幕府の政治システムが崩れた時代です。今までは将軍が守護大名や守護代を束ねていましたが、もう家臣たちは言うことをききません。加えて、彼らを従えることができる新しい権力者もまだ登場しておらず、全国規模の統一政権が不在の時代でした。

独立地方政権(戦国大名)の誕生

全国規模の政権がない一方で、各地方に独自の政権が発生しました。代表的なものは戦国大名で、彼らは「将軍の権威」ではなく「自らの実力」を背景に領国を統治しました。

権力を握る根拠として「自らの実力」が広く認められるようになると、室町時代に定められた身分秩序を実力で覆す現象(下剋上)も生じ、あまつさえ将軍と争う者も出てきました。実力で領土を広げようと合戦をしたり、主の殺害を試みたりなど、弱肉強食の時代が到来しました。

以上2つが当てはまる時期が戦国時代と考えられています。

ハッキリとした開始時期・終了時期はなく、個別の出来事の評価が変わるにつれ期間が変わるもののようです。時代区分は絶対なものではなく、むしろ年号にとらわれず時代の本質を知ることのほうが柔軟な目で歴史を楽しめるかもしれません。


【主な参考文献】
  • 有光友學編『日本の時代史12 戦国の地域国家』(吉川弘文館、2003年)
  • 山田邦明『日本の歴史 第8巻 戦国の活力』(小学館、2008年)
  • 大津透・桜井英治・藤井譲治ほか編『岩波講座日本歴史 第9巻 中世4』(岩波書店、2015年)
  • 高橋秀樹・三谷芳幸・村瀬信一『ここまで変わった日本史教科書』(吉川弘文館、2016年)
  • 五味文彦『大学の日本史 2中世』(山川出版社、2016年)
  • 大薮海『列島の戦国史② 応仁・文明の乱と明応の政変』(吉川弘文館、2021年)
  • 峰岸純夫『享徳の乱』(講談社選書メチエ、2017年)

  この記事を書いた人
桜ぴょん吉 さん
東京大学大学院出身、在野の日本中世史研究者。文化史、特に公家の有職故実や公武 ...

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