魔除け・呪具・呪法…。ひ弱な人間がすがったものとは

その昔、人々は自然の驚異や人間に悪意を持つ存在におびえながら暮らしていました。地震・噴火・洪水・病魔・悪霊など…。医学・科学などの対抗手段を持たなかった時代、人々は魔除けや呪具・呪法に縋りました。

最も一般的な魔除けは寺社で頂くお守りで、目に見えない神仏の加護を具象化したものです。頂いたお守りは戸口に張ったり神棚や仏壇に祀ったり普段から身につけたりしました。魔除けの形状は様々で、紙・木・金属・石などを材料とし、神仏の名前や神影・呪文などを書き込みます。

本稿ではいくつかをご紹介します。

五芒星

代表的な魔除けの形が五芒星です。五芒星は星型正多角形をしており、図形の中に1:1.618…の黄金比が含まれ、一筆書きで完成できる閉ざされた図形です。この閉鎖性は悪霊や邪気の侵入を防ぎ、逆に閉じ込めることができると考えられました。

五芒星
五芒星

ゲーテの『ファウスト』では、悪魔のメフィストフェレスが部屋の鴨居に描かれた五芒星のため逃げ出すことが出来ず、星の角のひとつをネズミに齧らせて逃げ出しています。

この完成された形に意味を見出したのは人類共通らしく、世界最古とされる五芒星は、紀元前3000年初めにチグリス・ユーフラテス両河川に挟まれたイラクのジェムデト・ナスルから出土した壺に描かれたものです。我が国最古のものは7世紀の鳥取市阿古山22号古墳の石室の壁に線刻されたものですが、これらの五芒星が魔除けの意味で用いられたかどうかは不明です。

魔除けとしての五芒星で古い物は、イスラエルのガリラヤ湖北岸の2、3世紀の建造と思われるシナゴーグで見つかったもので、六芒星と共に礼拝所の出入り口を守っていました。

中国ではタクラマカン砂漠南端のニヤ遺跡の、3、4世紀ごろの出土品である柄杓の柄に十字と共に刻まれた五芒星が見られます。

我が国では上野国分寺と国分尼寺に挟まれた河川敷の祭祀遺跡から、8世紀前半の五芒星を刻んだ土器と井桁模様を刻んだ土器が出土しています。井桁模様は後述する『ドーマン』の省略形です。

五芒星の意味

5つの星の頂点に水星・金星・火星・木星・土星を対応させたり、中国密教ではこの世界の五大元素である地・水・火・風・空を対応させたりします。陰陽道では5つの先端が木・火・土・金・水の陰陽五行の相克や相生を表し、この小さな星型の中に世界の理が見られるそうです。

五芒星を180度回転させ上部が開いた形は女性の子宮になぞらえられ、こちらは性的な意味を持つ悪魔の象徴とされます。

九字

九字とは4世紀中国の葛洪が書いた道教思想の本『抱朴子』の中で、護身の呪文として出て来る「臨兵闘者皆陳列在前」の9つの文字の事です。魔除けの図形として知られる縦4本横5本の線で描かれた『ドーマン』は、この九字を図形化したものです。

九字
九字
ドーマンの形状
ドーマンの形状

葛洪は最後には棺に屍(しかばね)を残して、本体は抜け出る尸解仙(しかいせん)として昇天したと伝わります。

3×3の魔法陣つまり三方陣は、1から9までの数字を9つのマス目に入れ、縦横斜めどのように合計しても答えは15になります。この三方陣も九字を表現しており、数字を区画する井桁模様が『ドーマン』の省略型と見做されます。

五芒星の事を『セーマン』とも呼び、『ドーマン』と合わせて2つの図形を『セーマンドーマン』と呼びます。セーマンは安倍晴明に由来し、ドーマンは蘆屋道満の名前から取られたと言うのは有名な話で、2人の伝説的陰陽師の守りが得られる『セーマンドーマン』は最強の魔除けの印です。

8世紀の群馬県の河川敷祭祀遺跡からは、井桁が刻まれた土器と五芒星が刻まれた土器がセットで出土しています。9世紀になると、国の北の守りであった水沢市胆沢(いさわ)城近くから『ドーマン』が刻まれた土器が見つかりました。

九字は陰陽道・修験道・仏教などに取り入れられ、修験道や日蓮宗には『九字之大事』と呼ばれる秘法と呪符が伝わっています。修験者は護摩を焚く時九字をとなえながら空中で『ドーマン』の形を手刀で切り、護摩木は井桁状に積まれます。

勧請縄・石敢当

悪霊や疫病が村へ入って来るのを防ぎ、時には牛頭天王を勧請して村を守るのが勧請縄(かんじょうなわ)の役割です。勧請縄は奈良県や三重県・福井県など近畿地方周辺と、滋賀県の湖北地方から湖東・湖南にかけて良く見られます。村境に藁で作った人形や草鞋・呪物を吊るした注連縄を張り渡し村を守ります。

京都府相楽郡笠置町飛鳥路の勧請縄
京都府相楽郡笠置町飛鳥路の勧請縄(出典:笠置町観光サイト

奈良県の明日香川流域の稲淵と上流の柏森の集落では、毎年正月11日に綱掛け神事が行われます。これは道と川を越えて勧請縄が張られ、稲淵では陽物を吊るすため男綱、柏森では陰物を吊るすため女綱と呼ばれます。この陽物・陰物は上流にある男淵・女淵それぞれの主である雌雄の龍神を表しており、水の神である竜神にこの1年の五穀豊穣・子孫繁栄・治水を祈る神事です。

勧請縄と同じような役目を負う呪符に石敢当があります。これは石に文字や呪符を彫り、道の突き当りやT字路に立てて悪霊・疫病の侵入を防ぐもので、中国全土や我が国では沖縄県や九州を中心に広く各地に点在します。

堀や石垣に埋め込まれたものもあり、中国で最古の物は770年製と記録されます。我が国に入って来たのは室町時代、まず沖縄へ伝わり全国へ広まって行きました。

首里城に続く那覇の石畳道と石敢當
首里城に続く那覇の石畳道と石敢當

石は当然その固さから魔物を弾き飛ばす強さが期待されたわけで、悪霊や邪気は真っすぐにしか進めないらしくて、その通り道に立ち塞がる石に弾き飛ばされるのです。石敢当の名前は晋の武将の名前に由来するとも、伝説の名力士の四股名に由来するとも言われます。

おわりに

いかがだったでしょうか。ここにご紹介した魔除けはほんの一部です。

他にもシーサーや鍾馗様・蘇民将来のお札など、いかにもの物から、雁や魚、能舞台や茶室までこれを思う物には全てすがって人間は自分を守ってもらおうとしました。


【主な参考文献】
  • 岡田保造『かたちの謎を解く 魔除け百科』(丸善、2007年)
  • 常光徹『魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信』(KADOKAWA 、2019年)

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  この記事を書いた人
ichicokyt さん
Webライターの端っこに連なる者です。最初に興味を持ったのは書く事で、その対象が歴史でした。自然現象や動植物にも心惹かれますが、何と言っても人間の営みが一番興味深く思われます。

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