鹿児島の歴史巡りにおすすめ!島津家の別邸「仙巌園」は鹿児島きっての観光スポット

  • 2026/06/30
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 鹿児島県は、西郷隆盛や大久保利通など維新の志士の出身地。彼らが仕えた島津家をはじめ、数々の歴史的スポットがあります。その中でも、鹿児島を代表する観光名所として知られるのが「仙厳園」です。景色も良く、歴史好きならまず抑えておきたいスポットの仙厳園の見どころをお伝えしていきます。

仙厳園とは?

 仙巌園(せんがんえん)は、鹿児島県にある、薩摩藩主島津家の別邸です。島津氏第19代当主・島津光久によって、別邸として建設されました。

 特徴は、錦江(きんこう)湾を隔てて桜島がとても美しく見えるところ。薩摩の人々にとって心のよりどころとされる桜島が見えることは欠かせない条件であったのかもしれません。国の名勝にも指定されている他、園内にある反射炉は「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼 造船 石炭産業」の構成のひとつとして世界遺産にも指定されています。

仙厳園の歴史と現在

 仙巌園が築かれたのは万治元年(1658)。島津家19代光久の名でつくられました。その後、1672年に大増築が行われ、「喜鶴亭」が誕生します。さらに元禄15年(1702)には「曲水の庭」が造成されるなど、増築を繰り返してきました。幕末に差し掛かった嘉永元年(1848)には、島津斉興によって鹿児島湾の埋め立て工事も行われ、庭園が整備されました。

 また、世界遺産の構成施設にもなった反射炉は、嘉永5年(1852)に建設されました。この一帯は工場地帯となり、ガス灯の研究が行われたりと、当時の日本の最新設備を兼ね備えるようになりました。これは、開国へと向かう国情の中で諸外国に追いつき、対抗する手段を模索する薩摩藩や島津斉彬の強い思いが反映されています。

 明治になったあとは、藩主であった島津忠義が鹿児島城から仙巌園に転居。別邸ではなく島津藩の中心となった時期もありましたが、島津忠重が東京へ移住した後は別邸としての役割を果たすようになります。ロシア帝国の皇太子ニコライが滞在したり、迎賓館という役割も担いました。以後、国に返還されるなど経緯を経て、現在は島津興業が運営する複合施設となっています。

仙厳園のみどころ

御殿

 29代忠義の代に、一時本邸として使われていた建物です。現在中を見学することができ、当時の藩主の生活様式まで知ることができるのが魅力です。邸内の華やかで繊細な装飾や薩摩焼などの名産品などの小物、そして藩主の部屋から望む桜島の絶景を楽しめます。

錫門

 鹿児島の特産である錫で作られた、江戸時代の正門にあたる門です。朱塗りの門は高い身分の人だけが通ることができるとされ、藩主と世継ぎだけが通ることのできる門だったそうです。

猫神

 猫が祀られているちいさな神社があるのも、仙厳園の隠れた魅力のひとつです。実は17代島津義弘が、猫の瞳で時刻をはかるという策をとったそう。その後、仙厳園に猫を祀る祠をつくり、以後猫の長寿や健康を願う人々が訪れるようになったそうです。

景色

 なんといっても桜島の借景は抜群です。仙厳園を訪れたら、ぜひこの景色を楽しんでみて下さい。海沿いにあることもあり、鹿児島市内で一番といっても良い絶景を楽しむことができます。

仙厳園で歴史に浸るひとときを楽しもう

 仙厳園には他にもみどころがたくさんあります。見事な庭園や、琉球調の東屋、パワースポットなどなど、ゆっくり見学すると1日ほどかかってしまうかも。鹿児島名物が食べられるレストランやカフェ、お土産物ショップなどもあるため、ゆったり巡ってみるのもおすすめです。過去にNHK大河ドラマ「西郷どん」のロケ地でも使われたスポットもあるので、歴史好きの方はぜひチェックしてみて下さい。

<参考>
仙厳園公式サイト https://www.senganen.jp/

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