西新宿の黒猫像「玉ちゃん」の正体は?太田道灌の危機を救った、知る人ぞ知る江戸の守り神
- 2026/02/18
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東京都新宿区西新宿。高層ビルが立ち並ぶ一角、新宿住友ビル「三角広場」の隅に、玉を手に空を見上げる一匹の黒猫の像がひっそりと佇んでいるのをご存知でしょうか。
この像の作者は、世界的に有名な彫刻家・流政之(ながれ まさゆき)氏。この像の台座には、室町時代後期の武将・太田道灌(おおた どうかん)と、彼の窮地を救ったという「ある猫」にまつわる不思議な伝承が刻まれています。何やら面白そうな話ですね。
後に「玉ちゃん」と名付けられたその猫は、一体どのようにして江戸の歴史を繋いだのか。今回は、台座に記された言葉を紐解きながら、新宿の地に語り継がれる「江戸の恩ねこ」の物語をご紹介します。
この像の作者は、世界的に有名な彫刻家・流政之(ながれ まさゆき)氏。この像の台座には、室町時代後期の武将・太田道灌(おおた どうかん)と、彼の窮地を救ったという「ある猫」にまつわる不思議な伝承が刻まれています。何やら面白そうな話ですね。
後に「玉ちゃん」と名付けられたその猫は、一体どのようにして江戸の歴史を繋いだのか。今回は、台座に記された言葉を紐解きながら、新宿の地に語り継がれる「江戸の恩ねこ」の物語をご紹介します。
像の台座に記された文
像の台座には、以下の言葉が刻まれています。人のいのちあれば ねこにもいのちあり
江戸の里を ひらきし太田道灌
この地の北で いくさに敗れ
あわや いのちを 失わん時
一匹のねこあらわれ にげ道をあんない
いのちをとりとめ 江戸を開いた
なれど このかくれた江戸の恩ねこも
ねこなるゆえに 名ものこらぬはふびん
江戸のいゝたま 玉ちゃんと 名づけ
のちのちまでの江戸のまもりとす
つくりびと 流 政之
ねこの生れ 文明狂年
それでは、この一節に込められた物語を紐解いていきましょう。
「江戸の里をひらきし」
太田道灌は、扇谷(おうぎがやつ)上杉家の家宰として、類まれな実務能力を発揮した武将です。彼は主家を、関東管領を世襲する本家・山内上杉家に匹敵するほどの大勢力へと成長させました。また、道灌は荒廃していた江戸の地形を「天然の要害」と見抜き、康正3年(1457)に江戸城を築城します。「江戸城=徳川家康」の印象が強いですが、実は道灌が礎を築き、それを家康が拡張したのです。まさに、道灌こそが「江戸の里を開いた」立役者といえます。
「この地の北でいくさに敗れ あわやいのちを失わん」
ここで語られる「いくさ」とは、長尾景春の乱における「江古田原・沼袋(えごたはら・ぬまぶくろ)の戦い」を指します。文明8年(1476)、家宰職の人事に不満を持った長尾景春が反乱を起こします。翌年、道灌と扇谷上杉定正は討伐を命じられますが、敵方の豊島泰経に阻まれ、本拠地の河越城と江戸城の間を分断されるという窮地に立たされました。
道灌は局面を打開すべく、江戸城の北にあたる江古田原・沼袋(現在の東京都中野区)での決戦に挑みます。しかし、戦況は思わしくなく、道灌は激戦の中で味方とはぐれてしまいます。まさに「あわや命を失わん」という絶体絶命のピンチです。
「一匹のねこあらわれ にげ道をあんない」
その時、道灌の前に1匹の黒猫が現れます。その猫はまるで道案内するかのように、何度も振り返りながら歩き続けました。吸い寄せられるように黒猫の後を追っていった道灌は、やがて「自性院(じしょういん)」というお寺にたどり着きます。境内で一夜を過ごし、敵兵からも逃れることができた道灌は、その後に再び兵を率いて勢いを取り戻し、大勝利を収めるのです。
「江戸の恩ねこ」玉ちゃんと名付けられて
命を取り留めた道灌は、この黒猫に恩を感じ、江戸城へ連れ帰って大変可愛がったそうです。そして、この猫が亡くなると、丁重に葬り、さらに深い感謝の意を示すため、「猫地蔵」を作らせて自性院に奉納したのです。現在、東京都新宿区に存在する自性院は通称「猫寺」と呼ばれ、道灌が作らせたという「猫地蔵」も当寺の秘仏として大切に保管されています。今回紹介した道灌と黒猫の話はこの自性院に伝わっている話です。
一方、道灌について書かれた他の史料からは、この話を見つけることができません。もちろん、この黒猫の名前も伝わっていません。だからこそ、制作者の流氏は「名ものこらぬはふびん」と、親しみを込めて「玉ちゃん」と名付けたのでしょう。
最後に
太田道灌は、幼少期から多くの逸話を残すほど聡明な武将でした。しかし、その有能さゆえに主君に疎まれ、最後は暗殺という悲劇的な最期を遂げます。死に際に放った「当方滅亡(私がいなくなれば家門は滅びる)」という予言通り、その後、扇谷上杉家は没落への道を辿りました。一方で、道灌を救った黒猫は「猫地蔵」として、そして「玉ちゃん」という名と共に、時代を超えて愛される存在となりました。台座の言葉通り、この愛らしい「江戸のまもり」は、これからも西新宿のビル群の片隅から、江戸(東京)の街を見守り続けていくことでしょう。
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