日本の縁起物「破魔矢」 ~新田義興ゆかりの矢守と日光山輪王寺の龍神破魔矢~

 古今東西「どうか良いことがありますように」と幸運を願う気持ちは誰にでもあります。神社や寺院で頂いた縁起物を神棚や玄関に並べている人も多いでしょう。

 縁起物の中でもかなりご利益がありそうなアイテムは「破魔矢(はまや)」ではないでしょうか。魔を破る矢…かっこよいネーミングですよね。人々が願いをこめる破魔矢には、どんな由来があるのでしょうか。

矢と正月の関係

 正月に神社や寺院で買うことの多い破魔矢ですが、なぜ正月と矢が結びついたのでしょうか?

 その由来はかつて平安時代に宮中で正月に行われた「射礼」(じゃらい)にあると言われています。天皇の前で矢を射る儀式です。射技を披露したのは選ばれし官人だったそうです。これはきっと本人にとって名誉なことですね。

『独修秘訣  弓術図解』に描かれた射礼(1894年、田中雄之進著 出典:国立国会図書館デジタルコレクション)
『独修秘訣 弓術図解』に描かれた射礼(1894年、田中雄之進著 出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

 射礼は天皇に対する全官人の服属奉仕と、弓矢による守衛などを示し、天皇を中心とする礼的秩序を表す行事だったと語られています。

 心を鎮めて的に集中する姿は、それぞれの忠義を表していたのではないでしょうか。いつの世も出世を狙うのは当然です。ここぞとばかり、天皇にアピールしたのでしょうね。

新田神社の矢守

 現在の私たちが手にする破魔矢のルーツは東京都大田区にある新田神社(にったじんじゃ)にあります。新田神社ではもともと「矢守」と言われていたそうです。

 新田神社についてご存じの方も多いと思います。南北朝時代の新田義興(にった よしおき)を祀り建てられた神社です。義興は後醍醐天皇による建武の新政の立役者の一人、新田義貞の次男です。足利尊氏が亡くなった1358年、義興は鎌倉奪還のために挙兵しましたが、息子の足利基氏の指示で江戸高良と竹沢右京亮によって謀殺されました。

 なんと、騙されて舟に乗せられ、船頭が船底に穴を開けて船が沈んでいったらしいです。つまり戦って死んだわけではなく、多摩川で身動きできずに溺れていったのですから死んでも死にきれないという感じでしょうか。27才でした。

『矢ノ口渡合戦にて義興戦死図』(歌川国芳画、出典:wikipedia)
『矢ノ口渡合戦にて義興戦死図』(歌川国芳画、出典:wikipedia)

 その後、江戸高良は落雷にあって落馬し、まもなく狂死したそうです。義興の怨恨がそうさせたのではないかと言われています。他にも関わった人たちには、災いが起きたそうです。

 その強すぎる義興の怨念を鎮めるため、新田神社ができました(1358年)。確かにそこまで強いパワーのある人なのですから、大明神になって世の中を守ってくれるだろうという地域の皆さんの期待があったのでしょうね。

 しかし、怪奇現象に近いことも多々あったようです。

 諸伝説の一つ、不思議な竹の話。新田神社の境内には決して神の域を越えない篠竹があります。この竹は雷が鳴るとパチパチと音が鳴って割れたそうです。悔しさを抑えられない義興の現れだったのでしょうか。どう考えてもかなり恐ろしい話です。

 さて、矢の話に戻ります。

 江戸時代になり、新田神社に蘭学者の平賀源内が訪れました。源内は浄瑠璃『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』の脚本で新田義興について書いています。神社から外に生えない不思議すぎる篠竹を見た源内は、いいアイデアを思いついたのです。

 さすが発明家ですね。「この竹を使ってお守りを作ったらどうだろうか!」と提案しました。そこで「矢守」が生まれたそうです。摩訶不思議な新田義興の鎮魂の場ですから、魔除けの力になるというのも頷けます。また「やもり」という読み方から「家守」という意味もあるそうです。

 神社で参拝客に矢を提供する形になった始まりが、この「矢守」になります。お守りの矢ですね。新田神社では矢守が「破魔矢」の名称になったのは昭和になってからだそうです。竹に五色の矢羽根、新田家の家紋のある矢が特徴です。

日光山輪王寺の龍神破魔矢

 矢で魔を破るという意味での「破魔矢」の起源は、日光山輪王寺であると伝えられています。

 輪王寺で「龍神破魔矢」という縁起物が売られています。眩しい金色の矢で、ご利益がたくさんありそうですよ。その名の通り、昇り龍が彫刻されています。一生に一度買うだけでよいそうですからぜひ手に入れたいものです。

 輪王寺は徳川家光を祀っている大猷院(たいゆういん)で知られています。大猷院には四人の夜叉がいて霊廟を守っています。夜叉とは、もともとヒンドゥー教の鬼神のことらしく、輪王寺の四体四色の夜叉はかなり強そうな面持ちです。

 名前は

  • 烏摩勒伽(うまろきゃ)
  • 毘陀羅(びだら)
  • 犍陀羅(けんだら)
  • 阿跋摩羅(あばつまら)
です。

 ちょっと一般人には言いにくいですね。青面金剛の烏摩勒伽は、金の弓矢を持っています。その矢こそが輪王寺の龍神破魔矢の始まりとなりました。

烏摩勒伽(出典:wikipedia)
烏摩勒伽(出典:wikipedia)

 不思議に思ったのは矢の先が尖ってなくほぼ丸いです。ハート型の穴も空いてます。なぜでしょう?実は破魔矢は破邪(はじゃ)するものだからです。破邪とは邪気や邪道、邪心などの妖気を破り浄化することで、人や物自体を射ることが目的ではないからで尖っていません。

 つまり破魔矢を家に置くことで、破りたい魔に対して見せつけることが大事なのです。きっと破魔矢を見るたびに、己の邪心も排除できると思います。

おわりに

 弓道の所作を見ているととても清新な気持ちになります。そこにある張り詰めた空気と矢を打つ者の覚悟が伝わってきます。

 矢というものは決意の形と私は思いました。つまりは自分自身の中にある迷いもまた一つの魔と捉えれば、破魔矢の在り方もひとそれぞれに意味があるのかもしれません。豆まきの時に心の中の鬼を退治するのと似ている気がしました。

「曇天に破魔矢の的を探しけり」(さとうえいこ句)


【主な参考文献】

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  この記事を書いた人
さとうえいこ さん
○北条政子に憧れて大学は史学科に進学。 ○俳句歴は20年以上。和の心を感じる瞬間が好き。 ○人と人とのコミュニティや文化の歴史を深堀りしたい。 ○伊達政宗のお膝元、宮城県に在住。

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