「お歯黒」の風習って?どうして上流貴族や武家の間で男性の化粧が流行ったのか
- 2021/06/08
平安から近世の時代にかけて、女性の身だしなみのひとつとして定着していた「お歯黒(おはぐろ)」。現代人の感覚では「歯を黒く染めるなんて……」とちょっと衝撃的な風習ですが、日本では古代から近代にいたるまでの間行われてきた化粧文化です。
ここでは、お歯黒の概要、および戦国時代のお歯黒定着の背景などを探っていきます。
ここでは、お歯黒の概要、および戦国時代のお歯黒定着の背景などを探っていきます。
「お歯黒」の正式名称は「鉄漿(かね)」
既婚女性が歯を黒く染める「お歯黒」は通称で、正式には「鉄漿(かね)」といいます。その他の別称としてはハグロミ、ハゴネなどがあります。鉄漿が史料に登場するのは平安時代のことで、平安を代表する女流作家である清少納言・紫式部の作品に見られます。
「歯黒めつけて物言ふ声」
「晦日の夜、追儺はいと疾くはてぬれば、歯ぐろめつけなど、はかなきつくろひどもすとて」
『枕草子』の例は「お歯黒をつけながら物を言う声って、感じ悪い!」というもので、『紫式部日記』の例はちょっとしたお化粧をする描写です。どちらも日常の女性の化粧として定着していることがわかりますね。
お歯黒の材料と塗り方
名前の漢字からもわかるように、歯を黒く染めるための原料は鉄が用いられました。鉄を酢に浸して酸化させる、または鉄を酒に浸して作ります。この原液は「鉄漿水(かねみず)」というもので、色は黒っぽい茶褐色で嫌なにおいがするものでした。この液体を楊枝で歯に塗り、上から「五倍子粉(ふしこ)」というタンニンを含む粉を塗って歯を黒くしたのです。
鉄漿を施す年齢
一般的には鉄漿は既婚女性がするものとして知られていますよね。でも、嫁入りした女性がするものとして定着したのは近世の初めごろで、それ以前は既婚・未婚関わらず鉄漿をしていました。初めて鉄漿をするのはだいたい12~13歳の、裳着(もぎ:今でいう成人で、女性が裳を着用することから)を済ませた年齢でした。お歯黒の風習、歴史とは?
現代的感覚からするとちょっと気味悪くも思える鉄漿ですが、どういう理由で行われる風習なのでしょうか?歴史をたどってみると、江戸時代に提唱された神道説「垂加神道(すいかしんとう)」によれば、「歯は骨の余りだから、神前で露わにするのは無礼だ」という理由があるようです。
上流貴族・武家社会の男子も用いるように
室町時代には鉄漿をしない者は「歯者」と呼ばれ、身分の低い者とされていたようで、鉄漿は高貴な貴族や武家では当然の風習として根付いていたことがわかります。いつから男子の化粧としても定着したのか。これは平安貴族の風習によると考えられます。もともと女性の化粧であった鉄漿ですが、平安末期、鳥羽院の時代から公家の男子にも鉄漿が命じられます。
室町幕府は武家社会でありながら貴族の趣向を取り入れていました。戦国の武家社会に鉄漿が広まったのは、彼らが貴族の風習に倣ったことに由来すると考えられます。
例えば大河ドラマでも…
男性がお歯黒!?と思われるかもしれませんが、大河ドラマでも鉄漿をした人物が登場することがありましたよね。戦国時代ではありませんが、「平清盛」の藤原忠道をはじめとする公家はみな歯を黒くして登場していました。こういう平安の公家を真似た戦国大名が、今川義元や北条氏政です。記憶に新しいところでいうと、「おんな城主 直虎」の春風亭昇太演じる今川義元が白塗りの顔で登場しています。
今川義元は公家かぶれとして有名な人物ですが、武家社会の男子にも貴族の風習が取り入れられていることがよくわかる例です。
最近のドラマではなかなか鉄漿まできっちり施している人物は出てきませんが、当時をそのまま再現するとしたら戦国武将も鉄漿だらけだった、と考えられます。
首化粧として
武士が鉄漿をはじめとした化粧を施すのは、なにも日常だけではありません。戦場ではことさら身だしなみに気を配りました。なぜなら、戦ではいつ討たれて首を敵に奪われるかわからないからです。戦においては、討ち取った敵の首級を判定する「首実検」が行われます。当時、歯が白くては身分が低い者とみなされたと紹介しました。そのため、物言わぬ死人になっても卑しい者とは思われたくない、という思いもあり、常日頃から化粧を施していたのです。
また、首実検が行われる前には武家の婦女子によって「首化粧」が施されます。『おあん女物語』という、老尼の戦国体験記にそのことがよく記されています。武家の婦女子は敵の首を洗い鉄漿を施し、敵将らしく立派に見えるよう化粧をしました。
けんか相手に「首を洗って待ってろ!」とは今でも言いますが、由来はこの首化粧からきているというわけですね。
【参考文献】
- 西ヶ谷恭弘『戦国の風景 暮らしと合戦』(東京堂出版、2015年)
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