【麒麟がくる】第42回「離れゆく心」レビューと解説

東滋実
 2021/01/26

「麒麟がくる」第四十二回レビュー用

42話が終わり、「麒麟がくる」も 残すところあと2回。「麒麟を連れてくるのはもしかしたら自分なのかもしれない」と気づいてからさまざまな人に会い、もう本能寺の変○○説何であってもドンとこい!何があってもおかしくない状況になってきました。

荒木村重の謀反

天正6(1578)年秋。松永久秀に続くように、荒木村重が信長に叛きました。『信長公記』によれば信長が村重の謀反を知ったのは10月のことです。その翌月には光秀や細川藤孝らが村重の説得にあたるよう命じられていますが、11月中には村重の嫡子に嫁いでいた光秀の娘(作中では岸)が離縁されています。

「麒麟がくる」で村重が反旗を翻した理由は、丹波の国衆が信長に反抗するのと同じく将軍のためでした。将軍をないがしろにした信長、敗れた将軍を裸足で歩かせた秀吉。武士の棟梁たる将軍・義昭への態度が許せなかったというのです。

丹波での戦いで光秀は、真に戦っている相手は義昭だと思い知りましたが、今回の村重の件ですべての争いが義昭につながっていると気づき、備後・鞆の浦にいる義昭に会いに行くのでした。

家康との密談

義昭には「十兵衛ひとりの京なら考える」と言われ、今度は海路でこっそりと織田勢に気づかれぬよう摂津までやってきた家康との密談です。

光秀と家康が出会ってから30年。あの竹千代はずっと干し柿をくれた男を心に留めておいたようです。そこに、今川人質時代に出会って心の師と仰ぐ三条西実澄の「明智殿にお頼りすべき」との助言もあって、今回心の内を伝えるに至ったのでしょう。

家康と実澄とのつながりはよくわかりませんが、実澄は天文21(1552)年9月ごろに駿河に下向しており、このころ今川義元のもとにあった家康と会っていてもおかしくはなく、無理のない設定です。しかし、帝との月見は光秀の願いでセッティングしたとはいえ、家康との仲介もするなんて、実澄は暗躍しすぎでは……。

作中ではこのころ織田家中で不満がない者の方が少なそうな印象です。例にもれず、家康も不満が爆発しそうです。天正6年ごろ、家康の正室・築山殿と嫡男の信康に武田と内通しているという疑惑がかけられます。その翌年にはふたりを失うことに。これは信長との同盟継続を重視した苦慮の結果とも、信康との関係が悪かったためとも言われます。

築山殿とはそれほど仲がよさそうな感じではありませんでしたが、この信長の人を試すようなやりよう、「事を構えるつもりはないが、あまりに理不尽な申されようがあれば己を貫くほかない」、「三河の誇り」をかけてそうする、と光秀に宣言します。

自分に信長を殺す気はないけど、殺そうと思えばいつでもチャンスはあるんだ、とここまで信長を討つ可能性をちらつかせたのは家康が最初でしょうか。

宣教師も使う信長

京の二条の館に信長を訪ねた光秀。直前まで信長は宣教師たちと話していました。パードレの言葉が巧みなので、自分もうっかり入信しそうだなどと上機嫌な信長。

上機嫌なのは九鬼水軍が毛利の水軍に勝ったからだ、と信長は言っています。織田方が毛利水軍を負かした戦いは第二次木津川口の戦い(同年中11月)です。

同じころ、荒木村重の家臣だった高山右近が、宣教師オルガンティノの助言もあって11月16日に信長のもとに参上しています。もともと右近は信長に従うべきか村重に従うべきか悩んでいました。そこに、信長はキリシタンの右近を説得するため宣教師・オルガンティノを説得にあたらせたのです。「説得すれば教会をどこにでも建ててよい。しかし断ればキリスト教を禁制にするぞ」と言って。

これが見事成功したわけです。今回いた宣教師を信長は「パードレ」と言いましたが、パードレとは神父とか司祭とかの意味で、「バテレン(伴天連)」がその転じです。

誰かははっきりしませんが、もしかしたら説得にあたったオルガンティノだったのかも。説得が成功した挨拶だったのか。だから信長はいろんなことがうまくいってご機嫌だったのかもしれません(公式HPのトリセツ麒麟MAPが天正7年春になっているのでやや時期がずれますが……)。

鳴かぬなら殺してしまえ

というように機嫌がよかった信長ですが、それを急落させてしまうのが光秀です。さっそく信康の件を持ち出し、家康がもし拒んだらどうするのか、と問います。信長は、小心で争いを好まぬ者だから家康は拒まぬ。わしは家康を試しておる、白か黒かはっきりさせたいのだ、と取り付く島もありません。

「それでは人はついて参りません」と言う光秀に、「ついて参らねば成敗するだけ」と言い、帝に招かれたとき何を話したのか言え、と声を荒げて扇子でめった打ちにする信長。帝が自分から離れてしまったこと、見限られてしまったことに気づいていて、苛立ちと不安がないまぜになったような感情を光秀にぶつけます。

それでも口を割らない光秀に、とうとう信長は「帝を替えよう、譲位していただく」と開き直るのでした。

人がついてこなければ成敗すればいい、上に立つ者でも、自分の都合どおりにいかないなら首を挿げ替えてしまえばいい。予告にもありましたが、まんま「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」精神ですよね。

お気づきだったでしょうか。この光秀と信長の対面シーン、最初あたりにうしろでずっとホトトギスが鳴いていたのを。

ホトトギスは渡り鳥で、だいたい初夏から鳴き始め、夏の訪れを知らせる鳥として知られます。先ほども言いましたが、ちょっと季節が合わない気がして、あれ?と思ったのですが、演出のためでしょうか。このあたりよくわかりません。大河ドラマではよくホトトギス鳴いてますし。

本能寺の変のトリガーは

義昭に会いに行ったものの、鯛のほか釣果はなかったと笑った光秀。しかし、駒を通じて義昭の気持ちを聞きます。「麒麟。十兵衛とならそれを呼べるかもしれない」。義昭は「らちのない夢」だと言いますが、この言葉で本願寺の変ゲージがまたひとつ上がったような。

亡き妻は「麒麟を連れてくる十兵衛さまだと信じている」と言い、帝は「信長が道を間違えぬようしかと見届けよ」と言い、家康は「今なら討てると申した者がいる」「己を貫くほかありませぬ」と言い、最後には義昭まで。

野望説、怨恨説、○○黒幕説などいろいろありますが、どこに転んでもおかしくないくらい出そろいました。ただ、近年盛り上がって有力視されている四国説については、残り2話なのに一度も触れられていないので、今回はないのかもしれません。スタート前には「新説を取り上げる」という話があったので四国説では?という声もありましたが、ちょっと難しそうですね。


【主な参考文献】
  • 『国史大辞典』(吉川弘文館)
  • 二木謙一編『明智光秀のすべて』(新人物往来社、1994年)
  • 奥野高広・岩沢愿彦・校注『信長公記』(角川書店、1969年)

  この記事を書いた人
東滋実 さん
大学院で日本古典文学を専門に研究した経歴をもつ、中国地方出身のフリーライター ...

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