【受験】【日本史】崇徳上皇vs後白河天皇!藤原家、源家、平家の身内争い!保元の乱【解説】【歴史】

  • 配信日:2023/08/12
  • 総再生時間:12分47秒

● 動画の概要

配信元の動画概要欄より引用

勉強や受験にも役に立つ動画篠栗塾!
今回は前回に続き平安時代を学んでいきましょう!

「後三年合戦」後の奥州は
藤原清衡、藤原基衡、藤原秀衡の奥州藤原氏3代が治め、100年間にわたり、平和が続きます。

一方、京では天皇家と藤原摂関家の中でそれぞれ身内同士の権力争いが起こっていました。
天皇家は…
上皇が「院」で政治を行う「院政」がまだ続いていたのですが
鳥羽法皇が政治の実権を持ち続けて、その子・崇徳上皇は、子の近衛天皇に位を譲って上皇になっても
自分が政治を行えないことで不満を募らせていました。

藤原摂関家はというと…
近衛天皇の妃に自分の養女を入れようと、兄・藤原忠通と弟・藤原頼長の兄弟が対立していました。

そんな時に近衛天皇が亡くなってしまい、その後、鳥羽法皇の決定で即位したのが後白河天皇。
これに黙っていないのが崇徳上皇です。
そしてついに…鳥羽法皇死後、崇徳上皇と後白河天皇は武力で戦うことに。

ここに藤原忠通と藤原頼長の間で起こっていた藤原氏の兄弟対立を始め、
源氏、平氏も各々の間に起こっていた肉親同士の争いに決着をつけるため
崇徳上皇、後白河天皇それぞれにつきます。
これを「保元の乱」と言います。どちらが勝利したのか?
気になる結果は動画を見てくださいね!

本日もエイトブリッジの篠栗さんが歴史の流れについて説明してくださっております!
別府ちゃんも歴史がわかって大喜び!
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