天文16年(1547年)、長尾政景が栃尾城(とちおじょう、新潟県長岡市栃尾)を攻めてきたときのこと。
謙信は櫓に登り、敵をみて言った。
今宵、敵は引き返すだろうから、退却の出鼻を狙って討って出よう。
敵ははるばる遠方からきておるのですぞ。そんなに早々と引き返すはずもないのでは。一時も早く討って出ましょうぞ!
うむ。わしが昼から敵をみておると、兵ばかりで兵糧方の小荷駄がないわ。とすれば長陣とは思えぬ。
!!・・・それはたしかに殿の仰せの通りですな。
それならば討って出ようということになり、夜半に敵の退却するところへ切りかかり、見事に敗走させた。謙信はこの機に乗じて追撃を開始すると、宇佐美定満ら家臣も続いて追撃。
敵はついに敗走して米山に逃げ登っていった。謙信もさらに追撃したが・・・
眠くなったから、しばらくここで休んでから討って出よう。
殿、一体どうしたのですか?いまこの破竹の勢いをもって追撃しましょうぞ!
ん~眠いわ~~・・・・・
その後も定満はいろいろ意見を言ったが、謙信は聞き入れずに寝てしまった。
家臣A:殿は一体なにをお考えなのじゃ・・。
家臣B:ああ、わが軍ももはやこれまでじゃのう。
しかし、敵が米山超えで3分の2ほど行ったころ、貝を吹いて戦の合図をしたのだ。
皆の者!今こそ討ってでようぞ!わしに続け~~
こうして謙信らは米山へ追い上がってちょうど敵が下り坂にかかるところで追いつき、敵方は坂から追い落とされて、その死者は数え切れないほどになったという。
--その後、定満が家中の者らに向かって話をした。
今日、殿が米山坂で眠っていた理由はわかったか?
家臣A:・・・・・。
家臣B:眠いからではないのか?
家臣C:・・よくわからぬのう。
敵が米山に登っているときに追撃したら、山の高いところから追い返されるじゃろう?
殿は寝たふりをして時期をみはからい、敵が山を下ったところで一気に討って勝利したのじゃ。
家臣A:!!
家臣B:!!!
家臣C:!!!!
わしは若いころから幾度となく戦場にでたが、そのように時機をうかがったことは1度もない。しかし、殿は若くして臨機応変に機を狙ったのじゃ。この智恵は軍神の化身としか思えぬことじゃ!
家臣ら:(ざわざわざわざわ)
--その後まもなく、政景は降伏して出てきた。そして謙信は越後守護の上杉定実に会い、事の次第を述べたのであった。
定実は謙信のことを、周囲の者に以下のように語ったという。
あれはまさに蛟竜(こうりょう。=姿が変態する竜種の幼生)だ。ひとたび風雲を得た暁には、狭い池の中から飛び立って天空高く舞い上がる者だ。
謙信はまだ家督も継いでいない18歳のときであった。