龍になった男 八郎太郎と三湖伝説の軌跡
- 2024/03/28
八郎太郎という優しい男が龍になってしまい、紆余曲折あった後、田沢湖の辰子姫と夫婦になる話です。東北の十和田湖、八郎潟(八郎湖)、田沢湖が主な舞台で、青森、秋田、岩手にまたがる「三湖伝説」といわれています。
この伝説の起源は、応永14年(1407)に玄棟によって成立した説話集『三国伝記』が元とされているようです。また文献だけではなく、碑も多くあり、八郎太郎について壮大な伝説が各地に分布しています。その中から軸となる話をいくつかご紹介したいと思います。
八郎太郎と十和田湖
諸説ありますが、八郎太郎は現在の秋田県鹿角市草木という地に生まれたそうです。鹿角市は秋田県の北東部にあります。八郎太郎はとても背の高い大男で力も強かったのですが、心優しい若者でした。
ある日、「マダ」という木の皮を剥ぐため、太郎は仲間と3人で十和田の山奥へと入っていきました。数日が経ち、その日は太郎が炊事当番でした。水を汲みに沢に降りると、おいしそうなイワナが3匹泳いでいました。太郎はおかずにしようと、3匹のイワナを捕まえ、串に刺して焼きました。
やがて、おいしそうな香りに我慢できず、まずは自分の分を食べてしまいました。その上、あまりのおいしさについ、仲間のイワナまで全部食べてしまったのです。
なんたることでしょうね。食欲を抑えられない気持ちはわかりますが。探せば他にもイワナはいたのではないでしょうか。
すると大変です。八郎太郎は喉が渇いてひりひりするようになりました。汲んだ水を飲んでも足りず、沢に行って水を飲み続けました。7日も飲み続けたとも言われています。
小さい罪が大きな罰になってしまったのでしょうか。
やがて、沢に映った自分の姿を見て、太郎は驚きました。なんと、そこには大きな龍の姿があったのです。
戻った仲間は太郎の変わり果てた姿に驚きました。太郎は、たくさんの涙を流し、仲間に別れを告げたのです。太郎は優しい人物だったので、この悲運を友達も悲しんだことでしょう。
その後、太郎は沢の流れをせき止めて、湖をつくりだします。こうしてできた湖が「十和田湖」です。青森と秋田にまたがっている湖です。
十和田湖をめぐる、南粗坊との戦い
八郎太郎は龍として、美しい十和田湖で暮らしていました。気持ちを切り替えられたのは良いことです。ところが、ある日、紀州熊野の修行僧である南粗坊が突然やってきました。十和田湖を永住の地にしようと決めたのです。
何故かというと、夢枕で「わらじが切れた所が永住の地」とお告げがあったそうで、そこが十和田湖だったようです。当然八郎太郎との戦いになりますよね。龍になったことに慣れ、のんびり十和田湖で生きていた八郎太郎には、面倒くさいことになったのです。
南祖坊は、八郎太郎に向けて法華経8巻を取り出しました。そして経文を唱えると、お経を八郎太郎に向けて投げつけたのです。するとそのお経は八龍となり、八郎太郎に挑みかかりました。
一方、八郎太郎は、自分の住処である湖を取られてなるものかと、八つの頭をもつ龍に姿を変え、南祖坊に挑みました。荒れ狂ったこの戦いはなかなか決着がつかず、七日七晩続きました。
南祖坊は最後の力をふりしぼり、最後の法華経のお経を八郎太郎に向けて投げつけました。すると、経文の一字一字が鋭い剣となり、八郎太郎の体に突き刺さったのでした。たくさんの刃に、とうとう八郎太郎は力尽き、十和田湖を逃げ去るしかありませんでした。そして南祖坊が青龍権現となったのです。
お経の文字が刺さってくるとは、戦国武将もウルトラマンも驚くような戦法ですね。
八郎太郎、八郎潟を作る
十和田湖を追われた八郎太郎は、米代川(能代市近辺)を下り、宿を探し回りました。 すると、天瀬川(現在の三種町)で、年老いた心優しい夫婦が宿を提供してくれたのでした。そして八郎太郎は老夫婦にお礼を述べて、次のように言ったのです。
お爺さんとお婆さんはどんな反応をしたのでしょうね。湖ができるというのは、魚がたくさん集まることになり、嬉しいことになりますね。
八郎太郎が言ったように、八郎潟(八郎湖)が誕生し、太郎はここを永住の地としたのでした。太郎もようやく安堵したのではないでしょうか。
田沢湖の辰子姫
八郎太郎が八郎潟で暮らしていた頃、秋田県西木村(現在の仙北市)神成沢(かんなりざわ)には、辰子という美しい女性がいました。いわゆる秋田美人だったのでしょう。 辰子は永遠の美しさを手に入れようと、神成沢と田沢湖との間の山の中腹にある大蔵観音に毎晩願掛けをしました。そして、観音様から田沢湖のそばの泉を飲めば、永遠の美しさを得られるというお告げを受けたのです。
意外と簡単な教えですね。美人な方ほど、若さと美しさをキープしたいと願うものなのでしょう。
辰子は泉を探しついに発見。水をすくって飲みました。すると、なんてことでしょう。辰子は、龍の姿に変わってしまいました。
辰子の母は戻らない娘を何日も探し、ついに湖のほとりで龍になった辰子と会えました。母は泣き悲しんだのですが娘と別れるしかありませんでした。結局、辰子は田沢湖の主になったのです。永遠の美しさとは龍の姿になることだったのかもしれませんね。
それにしても太郎も辰子も水を飲んで龍になったとは不思議です。
太郎と辰子の出会い
八郎太郎は、八郎潟にやってきた渡り鳥から「田沢湖に辰子姫という美しい娘がいる」と聞きました。そして冬のある日、辰子に会いに行こうと決心したのです。潟のほとりで身だしなみを整え、八郎潟を発った太郎は川に沿い、田沢湖に向かいました。ついに霜月の9日太郎は辰子と出会えたのです。龍神姿の辰子は喜び、太郎の想いを受け入れたのでした。
めでたいお話ですね。太郎も辰子も龍になったからこそ、幸せになれました。
それ以来、八郎太郎は冬になるたびに田沢湖を訪れ、辰子と共に暮らすようになったそうです。どちらも湖の主の立場なので、主の八郎太郎がいない冬には八郎潟は凍るようになり、八郎太郎と辰子姫の二龍神が暮らす田沢湖は、逆に冬も凍ることなくますます深くなったといわれています。田沢湖は今でも日本で一番深い湖です。
辰子姫のブロンズ像が田沢湖の西岸に立っています。長い髪としなやかな立ち姿が素敵です。湖の恋の伝説を物語っているようです。
おわりに
八郎潟は戦後の食糧難を解決するために、大規模に干拓され、大潟村という農業の大地になりました。八郎太郎は、もしかしたら今はもう田沢湖で辰子と永住しているかもしれませんね。【主な参考文献】
- みちのくの民話 東北農山漁村文化協会 1956年 未来社
- 郷土小坂物語 秋田県鹿角郡小坂尋常高等小学校出版 1934年
- 大潟村公式ホームページ 大潟村百科事典
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