新宿のランドマーク、待ち合わせ場所の定番だった新宿アルタが閉店

『笑っていいとも!』の放送で有名な新宿アルタが閉館

 2025年2月28日をもって新宿アルタが閉館した。閉店を惜しむ人々がアルタ前に集っているテレビのニュースを観て、それを知ったのだった。

 アルタ前は時々通っている。閉店前には告知とか貼ってあっただろうから、それで気がついても良さそうなものだが。昔に比べると、私の中でアルタの存在感はかなり薄れていたようである。

 『笑っていいとも!』が放送されていた頃のアルタは、間違いなく新宿のランドマーク。最も目立つ存在だった。

 昼になると正面の新宿駅側の歩道はもちろん、裏口があるモア中央通りにも、人気タレントの〝出待ち〟でファンがあふれ、放送のない週末も大勢の人でにぎわっていた。

 渋谷のハチ公と並んでよく知られた待ち合わせ場所なだけに、かく言う私も、携帯のない頃はアルタ前でよく待ち合わせをしたものだ。

 新宿駅東口を出ると巨大な「アルタビジョン」がすぐ目に入ってくるから、東京に不慣れな者も迷わない。地方から上京してきた友人・知人との待ち合わせにはもってこい。

2022年11月に撮影したアルタ全景
2022年11月に撮影したアルタ全景
2022年11月に撮影したアルタビジョン
2022年11月に撮影したアルタビジョン
2022年11月に撮影したアルタ1Fのエントランス
2022年11月に撮影したアルタ1Fのエントランス

 この日本初の大型街頭ビジョンは、1980年4月のアルタ開業と同時に登場した名物。90年代に入ってからも、これだけのサイズは他所ではなかなかお目にかかれなかった。時間にルーズな友人を待つ時なども、アルタビジョンは「いい暇つぶしだったよなぁ」などと、懐かしい思い出に浸りながら新宿へ向かう電車に乗る。

 閉店後のアルタがどうなっているのか。行って見てみることにした。

〝アルタ〟だとばかり思っていたけど、じつは、このビルの名称は……

 駅東口から地下へ。圧迫感のある低い天井の地下鉄通路を抜けて、B13出口に通じる分岐路に入る。湾曲した独特の通路の形状や薄暗い蛍光灯照明は、このあたりの雰囲気は昔から変わらない。

新宿駅地下通路、B13出口に分岐するあたり
新宿駅地下通路、B13出口に分岐するあたり
新宿駅地下通路、B13出口から地上に出るところ
新宿駅地下通路、B13出口から地上に出るところ
B13出口付近「新宿ダイビル」のプレートがある
B13出口付近「新宿ダイビル」のプレートがある

 階段を登り切ったところの大理石の壁に、

「定礎 昭和五十五年四月」

と刻まれている。B13出口はアルタの建物内にあり、ビル名を書いたプレートも設置してある。しかし、そこに書かれている名称は「新宿アルタ」でもなければ「スタジオアルタ」でもない。「新宿ダイビル」となっているのだが……それがこのビルの正式名称だ。

モア中央通りの裏口にも「新宿ダイビル」のプレートあり
モア中央通りの裏口にも「新宿ダイビル」のプレートあり

 アルタがある場所にはかつて、新宿分館として食品を扱う「二幸」のビルが建っていた。1926年に竣工した地上5階建ては、戦前の新宿だと超高層ビルの部類。戦火を逃れて1978年まで存在し、当時の新宿を知る人々にはよく知られた存在だったという。

 1980年にはその二幸の跡地に、三越やフジテレビなどの出資による「新宿情報ビル・スタジオアルタ」が竣工した。ビルの地下1階から地上6階は三越伊勢丹の経営する女性向けファション店「新宿アルタ」となり、7階は『笑っていいとも!』を放送する多目的スタジオ「スタジオアルタ」が入ることになった。

 開業当初は三越が土地と建物を所有していたのだが、バブル崩壊後に巨額の負債を抱えて、新宿駅前の一等地にあるこのビルの売却を検討するようになる。

 そして、2000年に大阪の不動産開発業者「ダイビル」によって購入され、ビルの名称は「新宿情報ビル・スタジオアルタ」から「新宿ダイビル」に変更された。しかし「新宿アルタ」も「スタジオアルタ」もそのままテナントとして残りつづけたから、表向きは何も変わらず。だから、世間一般では気がつかない人のほうが多かったと思う。

 そして今年2月にテナントの「新宿アルタ」が閉店して撤退したのだが、ビルはまだ存続している。ただ築45年の古いビルだけに、近いうちに取り壊される可能性が高いという。

天皇崩御や地下鉄サリン事件、いつも、アルタビジョンから「時代」を眺めていた

 7階の「アルタシアター」についてだが、こちらは2014年3月31日に『笑っていいとも!』が番組終了した後、劇場に改装されて名称も「アルタシアター」に変更している。かろうじて〝アルタ〟の名は残していたのだが

 ……2018年になると施設が他社に譲渡されてライヴスタジオに業種替え。この時の名称もまた「KeyStudio」に変更されて、ついに〝アルタ〟の名は消滅してしまう。

 そして、ビルの大半を占めていた新宿アルタの撤退に伴い「KeyStudio」も営業を終了することになった。現在、完全に空きビルになっている。地下通路のB13出口から歩道に出ると、アルタの入り口はシャッターで閉ざされ、「STUDIO ALTA」のロゴもすべて剥がされていた。

新宿駅側のエントランス
新宿駅側のエントランス
エントランス、剥がされたロゴの痕「ALTA 」の文字が残る
エントランス、剥がされたロゴの痕「ALTA 」の文字が残る
エントランスの脇、ここのロゴも剥がされていた
エントランスの脇、ここのロゴも剥がされていた

 エントランスや付近の歩道には誰もいない。最近はアルタ前よりも道路の反対側にある新宿駅前のライオン広場のほうが、待ち合わせ場所の定番になっている。まあ、閉店が決まるよりもっと以前からそんな感じではあったのだが。『笑っていいとも!』の放送終了から10年以上過ぎて、アルタの存在感はかなり薄れている。

アルタ前よりも最近はこちらの「心の絆・ライオンひろば」で待ち合わせる人のほうが多い!?
アルタ前よりも最近はこちらの「心の絆・ライオンひろば」で待ち合わせる人のほうが多い!?

 頭上に目をやれば、アルタの象徴であるアルタビジョンも、いまは何も映されていない。この大画面が真っ暗になっているのを見たのは、これがはじめてだった。ひと昔前なら大騒ぎになりそうだけど……道行く人々は、誰も気にしていない。

真っ暗なアルタビジョン
真っ暗なアルタビジョン
新宿駅方面から眺めたアルタ
新宿駅方面から眺めたアルタ

 アルタの閉店はニュースで見て知っている人も多いだろうし、今時は大型ビジョンなんて珍しくない。また、4年前にはアルタのすぐ隣に、3Ⅾ映像を映す「クロス新宿ビジョン」が設置された。この画面から飛び出てくる「新宿東口の猫」が話題になり、アルタビジョンはさらに影の薄い存在に。それが真っ暗になったところで、もう誰も気にとめない。

クロス新宿ビジョンに映る「新宿東口の猫」
クロス新宿ビジョンに映る「新宿東口の猫」

 新宿通りを渡って新宿駅の方面へ。閑散としていたアルタ前の歩道とは違って、駅前広場はいまも大勢の人でにぎわっている。

 昔はこの広場にいた人々もみんな、道路の反対側にあるアルタビジョンに視線が向いていたものだ。スマホのない時代、外出時の情報源は限られている。駅ナカの Kiosk で夕刊紙を買うか、駅から出てアルタビジョンに映るニュースを見るか、だ。

新宿駅東口、大勢いる人々は誰もアルタのほうを見ておらず、感心なさそう
新宿駅東口、大勢いる人々は誰もアルタのほうを見ておらず、感心なさそう

 昭和天皇の崩御、地下鉄サリン事件など、大事件が起きるとアルタビジョンの周りに人々が集まり、映し出されるニュースに注目したものだ。また、応援しているプロ野球チームの試合が放送されていたりすると、思わず足を止めて見入ったりもした。

 何も映さずに真っ暗になってしまったアルタビジョンを眺めていると、昭和も平成も……遠い過去の時代になってしまったのだな。と、あらためて実感させられる。

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  この記事を書いた人
青山誠 さん
歴史、紀行、人物伝などが得意分野なフリーライター。著書に『首都圏「街」格差』 (中経文庫)、『浪花千栄子』(角川文庫)、 『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社)、『戦術の日本史』(宝島文庫)、『戦艦大和の収支決算報告』(彩図社)などがある。ウェブサイト『さんたつ』で「街の歌が聴こえる』、雑誌『Shi ...

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