見世物小屋の営業形態 「お代は見てのお帰りだよっ!」

 みなさんは「見世物小屋」と聞いてどのようなイメージを持たれるでしょうか? 寺社の縁日の猥雑な賑わいの中、けばけばしい幟旗や絵看板に囲まれた粗末な小屋。中では何が行われているのか覗いてみたいような怖いような。しかしそんな見世物小屋にも、しっかり儲けるための営業形態がありました。

儲けるには客の回転率を上げる事

 見世物が商売として成立したのは室町時代と言われています。そして現在、見世物を興行する興行社は、日本全国で5社も残っていないそうです。

 見世物小屋は仮設興業で、寺社の祭礼(タカマチ)など、人出が見込まれる一定期間だけ仮設の小屋を建て、さまざまな演芸や不思議な物を見せて金を取ります。常設ではないため、短期間に最大限の利益を得ようとし、後の評判などは気にしません。どんどん客を入れ、どんどん金を落とさせ、どんどん追い出して行く…… 客の回転率を速くするのが勝負です。

大寅興行社の見世物小屋(2008年10月。出典:wikipedia)
大寅興行社の見世物小屋(2008年10月。出典:wikipedia)

 おどろおどろしい絵看板で人目を引き、呼び込みの口上(タンカ)で耳を引きつけ、何とか道行く客を小屋へ取り込もうとしました。その為には小屋の構造も重要です。

 まず入り口と出口を別々に作り、人の流れを滞りなく一定方方向へ誘導します。呼び込みをする木戸番(シンウチ)の後ろに小窓を作り、そこから出し物のヘビなどをちらっと見せたり、賑わっている小屋の中の様子を見せたりと客の気を引きます。

「お代は見てのお帰り」のからくり

「さぁ、入った入った、お代は見てのお帰りだよっ!」

 見世物小屋の呼び込み文句ですが、これにもからくりがありました。

 先に書いたように小屋の入り口と出口は別に作ってあって、入り口に居るのは人の良さそうなお爺さん、ところが出口へ回ってみると恐~いお兄さんが待ち構えています。

「なんだよ口上と違うじゃないか、つまらない物を見せて金取ろうってのか」

 ぶつぶつ言いながら客が出口へ差し掛かると

「お客さん何かご不満でも?」

 お兄さんがずいっと出張って来ます。客は見物料を払わざるを得ない仕組みでした。

「2度と来るもんか」

 毒づいてみても後の祭り。常打ち小屋でもなし、次にまわって来るのは何年先の話やら、興行主は1度金が取れればそれで良かったのです。

呼び込みも芸のウチ

 いかにして客に小屋へ入ってもらうか、呼び込みの巧みさがものを言います。

「1回だけお見せします、1回だけですよ」
「見逃したお人は損をしたねぇ」

 まずはこれで道行く人の足を止めます。次に客の気持ちをそそる物語を作ります。

「大きな商家に生まれたお嬢さん、ところが小さい頃からナメクジやミミズのような気味の悪い虫ばかりを可愛がる」

 客が乗って来たところで今度はじらしにかかります。

「このお嬢さん顔は可愛いんです、今顔を出しますよ今ですよ」

 そう言いながら決して顔は見せないんですけどね。

 次に「オトシマエ」で客を引っ張り込みます。

「どうぞ急いでください、今なら間に合いますよ今ですよ。お嬢さんの顔が見たい人は入ってくださいよ」

 呼び込みのタンカにも三種類あって、荒々しくべらんめえで客に突っかかるような「アラタンカ」、逆に泣き落としにかかる「ナキタンカ」、一本調子で山場も無く続ける「ダラタンカ」、この3つを巧みに使い分けます。

 アラタンカは蛇(マキツギ)などゲテ物化け物系を見せる芸で使われることが多く、ナキタンカは「親の因果が子に報う」の因果モノで使われました。

時には芝居も打つ

 呼び込みは時には芝居も打ちました。いかにもの扮装と口上で客を呼び込みます。「チョウタ打ち」では小屋は粗末な筵掛け、木戸番は蓑を着込み、手拭いでほっかぶりの田舎親父の扮装です。

タンカも

「おら金儲けで来とるでねぇ、1つの胴体に頭が2つ目も無けりゃ手足も無い。そんな珍しい動物を捉まえたから見てもらおうと思って連れて来た」

との口上です。

 代金としてはその辺で刈ってきた草が積んであり、餌代としてこの草を買ってくれ、といって客から金を受け取ります。似たような趣向でとんでもない恐ろしい怪物を見せると言い、客を集めるのを「サイカ打ち」と言いました。

 「トウナワ打ち」はこれはもうほとんど詐欺ですね。お爺さんが1人で「大変だ大変だ」と居ながら小屋の前でうろうろしている。すると小屋の中からお婆さんが「このクソ爺い」と怒鳴りつける。お爺さんは拳を振り上げて「死にぞこないが」などと言いながら2人居で追い掛け合いが始まる。時には境内を一蹴した挙句に最後に2人で小屋の中に飛び込む。見物人は何が起きたのかと爺さん婆さんの後を追って小屋の中へ入り、結局何も起こらず出口で怖いお兄さんにつかまる、と言う寸法です。

 さすがにこれは警察に連れて行かれますが、お爺さんは頭の薄い振りをして警官の前で大小便を垂れ流し、罪に問われずに戻って来るのだとか。

コマしてガマしての世界

 見世物に携わる人たちが良く使う言葉に「コマす」があります。端的に言えば騙すことですが、テレビ局が出演依頼に来たとしても、「コマしに来た」と言います。相手も納得の上での騙し騙されのような感じで使います。

 大袈裟なタンカで客を呼び込むのは客も承知ですが、ある程度のモノは見せなければなりません。いくらその場限りの興行でも2日、3日と続けるには人の評判も気になります。

 全くの悪質な騙し方は「ガマす」です。良く例に出されるのが「化け物のような大イタチを捉まえた」との呼び込みで中に入ってみると、大きな板に赤いペンキが塗りたくってある、つまり「大板血」だと言うのですが、さすがにこれはお客さんも怒ります。

演目の演じ方にも工夫

 演じる出し物にも工夫がありました。演目全てを演じて約1時間ですが、入り口から入り少しづつ後ろの客に押されながら芸を見て出口の方へ向かい、全て見終わった頃が丁度1時間になるように調整されました。

 1日中これを繰り返すのですが、客が多い日は出し物を適当に端折って客をスムーズに捌くようにします。人間ポンプならナイフと金魚と安全剃刀とガソリンを飲むところを、ナイフと金魚だけにしてしまいます。

 文句が出そうですがここですかさず

「人間ポンプただ今をもちまして演芸1回のおしまいです」

とアナウンスすると不思議と客も納得したとか。

 これに呼応するように入り口では客を呼び込みます。新規の客が後ろから押し出す圧力となり、前の客は出口から出て行きます。この操作を「ダシオイ」と言いますが、いかに回転を早くして客を多くさばくか、興行主はこればかり考えていました。

おわりに

 「まんまと呼び込みに騙された」「ムダ金を使ったな」そうは思っても、祭りの夜の非日常の賑わいの中、コマされたと思うかガマされたと思うかはお客さん次第です。


【主な参考文献】
  • 倉田喜弘『幕末明治見世物事典』(吉川弘文館、2012年)
  • 鵜飼正樹『見世物小屋の文化誌』(新宿書房、1999年)

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  この記事を書いた人
ichicokyt さん
Webライターの端っこに連なる者です。最初に興味を持ったのは書く事で、その対象が歴史でした。自然現象や動植物にも心惹かれますが、何と言っても人間の営みが一番興味深く思われます。

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