「日本マクドナルド第1号店」日本の食べ歩きは、ここから始まった

 1971年7月20日、銀座三越百貨店1階にマクドナルド日本第1号店がオープン。その1年前には、目の前の銀座通りで週末に歩行者天国がおこなわれるようになっていた。

 ほぼ同時期に発売されたカップヌードルとともに、週末のホコ天ではハンバーガーを食べ歩く若者の姿が目立つようになり、日本に「食べ歩き」という新しい食習慣が根付いたという。

 ハンバーガーはアメリカ映画などでよく見るが、これまで日本ではかなり珍しい食べ物だった。銀座のホコ天に行けばそれがある。歩道に腰掛けながらコーラを片手にハンバーガーを食べるイケてる若者の姿が見られ、それを見る人々の目には、

「カッコ良い」

 と、映ったりもする。屋外でハンバーガーを食べているだけで、カッコ良い……今時では信じられない感覚なのだが。

日本第1号店は意外に狭く、店内飲食はできなかった

 銀座三越1階表玄関にあるライオン像、そのちょっと先にかつてマクドナルド日本第1号店は存在していた。

銀座四丁目交差点と銀座三越本店
銀座四丁目交差点と銀座三越本店
銀座三越本店の表玄関にあるライオン像
銀座三越本店の表玄関にあるライオン像
ライオン像からみた銀座四丁目交差点
ライオン像からみた銀座四丁目交差点

 YouTubeにマクドナルド日本第1号店のオープン当時を記録した動画があるので観てみよう。

 『日本マクドナルト1号店オープン』

 あの頃の銀座、昭和46(1971)年のマック第1号店を再現

 三愛ビルやワシントン靴店を映したカメラが、大きくパンして銀座通りの反対側にある三越百貨店1階の方向に動く。と、そこにはマクドナルドの赤い看板が見える。ライオン像の先から中央通り口のあたりまで、三越百貨店の銀座通り側1階は、マクドナルドの店舗で占められている。

 動画を観た限りではかなりの大型店のように思えるのだが……間口が広いだけで奥行がほとんどない店内では、飲食ができるイスやテーブルを置くスペースはなかった。

 店舗面積はわずか129平米。百貨店に以前から入っている売場やテナントを動かすことなく、通り沿いの空きスペースを利用したものだった。また、営業時間などでも様々な制約があり、出店条件はけして良くはない。が、「銀座は日本の流行発信地。銀座で話題になれば、商売は成功する」という創業者・藤田田の強い意向でこの場所での出店が決まったという。

 しかし、1号店が店内に席を確保できずテイクアウト専門店となったことは、結果的に「食べ歩き」を日本に浸透させるのにプラスに働いたようでもある。

 当時は歩道と車道の段差は現在よりも高かった。若者たちは歩道を椅子代わりにして車道に足を投げ出して座り混み、ワイルドにハンバーガーを頬張る。また、車道に置かれたテラス席でハンバーガーの袋を開封しながら仲良く語らうカップルの姿がよく見掛けられる。それがカッコ良く映ったりもする。

 ホコ天にやってきた人々は、そんな新しい食習慣を目の当たりにすることになる。それはテレビC Mを観るよりもよっぽどインパクトがあった。

 ハンバーガーが80円、ビッグマックは200円。大卒初任給は4万円という時代だった。2023年度大卒初任給の平均値は22万5686円で当時の5・6倍。ビッグマック1個が1120円くらいの感覚だろうか。

 サイフには厳しい。それでも、週末ともなれば売場のカウンターには行列ができる盛況ぶり。オープンから1年が過ぎた1972年10月1日になると、マクドナルド日本第1号店の売上げは1日で221万6730円に達し、世界中に2000店舗以上あったマクドナルドチェーン店のなかでも1番の数字を記録したという。

 腹を満たすだけのお手軽なファーストフードを食べるのではない。ハンバーガーを頬張りながらホコ天を歩く、それはディズニーランドに行くのと同じくらい楽しみな週末のイベント。と、そう考えれば1000円以上するビッグマックもけして高くはない。
 

「マクドナルドハンバーガー発祥の地」の痕跡はすべて消え

 ホコ天が開催される銀座通り沿いでの出店は、話題づくりに最適の場所ではある……が、店舗面積など様々な制約があり、ここで長く営業をつづけることは難しい。

 マクドナルド日本第1号店は、1984年11月に創業の地である三越百貨店1階からの撤退、そこから少し離れた晴海通り沿いの雑居ビル1階に移転した。

 話題作りという当初の目的は成功している。いつまでも条件の悪い場所に居座る必要はないと判断したのだろうか。この頃になると、マクドナルドの店舗数は全国435店。新宿や池袋などホコ天のある場所には、必ずマクドナルドの赤い看板が目に入る。当初は日本人の口に合わないのではないかと疑問視されたハンバーガーは、すっかり人々の間に定着していた。

 移転後の第1号店は「マクドナルド晴海通り店」と呼ばれるようになる。入口付近には「マクドナルドハンバーガー発祥の地」と書いたプレートが設置され、日本第1号店の継承を誇らしげに顕示していたのだが。しかし、この店もいまはもう存在しない。

 銀座4丁目交差点を晴海通りに入り、最初の路地を過ぎると小さな雑居ビルが建ちならぶ。その一角にマクドナルド晴海通り店が入っていたのだが、この店も2007年5月に閉店してしまった。

 マクドナルド晴海店が入居していたビルは、土地の再開発により取り壊され、現在その場所には三越新館が建っている。かつての店舗があったのは、三越新館エントランスの右手のあたりだが。その痕跡はどこにも見つからない。マクドナルドハンバーガー発祥の地を記念するプレートも撤去されていた。

三越新館エントランス
三越新館エントランス
マクドナルド晴海通り店があったのはこのあたりか…
マクドナルド晴海通り店があったのはこのあたりか…

 店のあった場所の前に立ち、あたりを見回してみる。銀座の街並みもかなり変化しているはずだが。そこにひとつだけ……開店当時から変わらぬ眺めがあった。

 かつて店があった場所のほぼ真正面に地下鉄の連絡通路がある。遠目からも経年劣化が見てとれるコンクリート造り、緩やかな曲線の手すりも今時のデザインではない。1930年代に銀座の地下鉄入口を撮った写真を見たことがあるが、入口や階段の形状がよく似ている。当時からほとんど手がくわえられていないようだ。

 戦前に造られた古い地下鉄入口のコンリートにイケてる若者たちが腰掛け、当時はまだ珍しかったハンバーガーを食べる。道行く人々には注目されただろう。そんな光景を想像してしまった。

マクドナルド日本第2号店はいまも健在だった

 銀座から代々木へ移動する。JR代々木駅を出るとすぐにあるマクドナルド代々木北口店は1971年7月24日にオープンしている。銀座三越に第1号店ができてからわずか4日後のことで、こちらが日本第2号店ということになる。

 日本に現存する最古のマクドナルドなのだが。しかし、ここにはそれを記念するプレートなどはなく、誰もそのことに気がつかない。何事も「日本初」でなければ、わずか4日の差でも歴史的価値は認められないのだろうか。

 昼飯時は過ぎているのに、店内に入ると満員の盛況だった。代々木は予備校や各種の専門学校が集まり、昼間は若者たちであふれている。サイフに優しいファーストフードはありがたい存在だ。

 代々木は70年代当時から予備校の集まる場所だった。状況は変わらない。だから2号店の出店場所に選ばれたのだろう。90年代になってからはハンバーガーの価格破壊が進んで、安くお手軽なジャンクフードといった感じになってきた。そうなると、なおさらフトコロ具合の厳しい若者たちにはありがたい。

 コンビニと同じくらい、日々の生活になくてはならない存在になっている。だから、同じ場所で50年以上も店が存続しつづけることができた。

 一方、銀座は創業の地ではあるのだが、ハンバーガーに対する人々の感覚が当時とはまったく変わっている。

 ハンバーガーの価格破壊が進んで、土地代の高い銀座では薄利多売の商売は難しくなってきたことはあるだろう。それにくわえて、銀座という場所にそぐわない食べ物になってきたのではないか?

 ふだんの生活では味わえない非日常的な雰囲気を楽しむために、人々はオシャレをして銀座にやってくる。食事もフレンチやイタリアン、中華などマスコミでもよく取り上げられる有名店でなければ銀座で食事する意味がない。そう考える人は多いだろう。

 70年代であれば、ハンバーガーもまだ物珍しくそういった感覚で楽しめただろう。けど、自分が住む街や学校、職場のまわりにもハンバーガーショップができて、小銭があればいつでも食べられる状況になってくると、わざわざ銀座に出かけて食べるようなものではない。そう思うようになる。

 この50年間、時代の状況や人々のライフスタイルは激変していった。ハンバーガー・チェーン店も、それにあわせて店舗の移転や出店を繰り返す。

 しかし、同じ看板、同じデザインの店舗を街のあちこちで見かける。メニューと価格は全国どこでも同じ。店がなくなるとか、場所が少し移動しても誰も気にしない。気がつかない。気がついていないのかもしれない。

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  この記事を書いた人
青山誠 さん
歴史、紀行、人物伝などが得意分野なフリーライター。著書に『首都圏「街」格差』 (中経文庫)、『浪花千栄子』(角川文庫)、 『江戸三〇〇藩城下町をゆく』(双葉社)、『戦術の日本史』(宝島文庫)、『戦艦大和の収支決算報告』(彩図社)などがある。ウェブサイト『さんたつ』で「街の歌が聴こえる』、雑誌『Shi ...

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