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「日本の下層社会 2023」 8050問題 / 就職氷河期世代を待ち受ける苦難

 現代の日本が抱える問題を語るキーワードをご存じですか? 「非正規雇用」「少子高齢化」「格差社会」「年金で生活できない」など…、ニュースやTV討論会で散々に使い尽くされている言葉ですが、現代の日本の問題を考える上で必ず登場するキーワードと言えるでしょう。

 実はこれらのキーワードは、ある現象から派生的に発生して起きている問題であることをご存じでしょうか?その現象とは「就職氷河期世代」という、およそ1969年から1983年位までに生まれた人達を襲った異常事態です。そして、今あらたに「8050問題」という物がクローズアップされつつあります。

 残念なことに先に挙げたキーワードの問題は現在でも全く解決しておらず、解決の見込みすら無いといって良いでしょう。それらが解決していたのなら、8050問題など起きるはずがないのです。

 ですので、今、あらためて「就職氷河期世代の貧困問題」を取り上げてみたい思います。多くの貧困は「自分とは無関係のところに原因があり発生する」のが歴史的な通例ですが、実は、これも、まさに「自分とは無関係なことが原因」で発生した大規模な貧困問題なのです。

バブル景気とバブル崩壊

 1980年代後半から1990年代初頭まで、日本ではバブル景気というものが起こっていました。地価が高騰し、株価も高騰を続け、当時は株を買えば「必ず値上りして儲かる」という状態で「株を買わない奴はバカだ」とまで言われていたのです。また地価の高騰は「土地ころがし」という土地の転売で利ザヤを稼ぐ方法が流行し、あっという間に一般庶民では、とても買えない値段にまで上がってしまいました。「土地ころがし」は都市圏では当たり前に行われ転売するための土地を手に入れるために「地上げ」という「大金を積んで住民をで追い出す」行為もあちこちで行われていました。

 その背景には当時の国土庁が発表した「首都改造計画」という物があったのです。そこには「「東京のオフィスは2000年までに合計5000ヘクタール、超高層ビルで250棟分必要となる」と書かれており、これを見た不動産会社やゼネコンは一斉に都心の用地確保に動き出し、どんどん地価が上がって行ったのです。

 国土庁は「地価高騰の抑止が計画発表の意図であった」と言っていますが、もし、本当にそうなら、あまりにも見通しが甘すぎる、と言わざるを得ません。「まだ全然足りないから、もっと作らねばならない」という内容の発表のどこに「地価高騰の抑止」となる要素があるのか全く意味不明です。

 しかし、こういった好景気を起こしたお金はどこから出ていたのでしょうか? それは主に住宅金融専門会社という会社から出ていたのです。住宅金融専門会社は住宅融資を専門に扱っていた金融機関のことで、ほとんどが銀行の子会社でした。略して「住専」と言います。バブル景気を支えた資金は究極的には「銀行からの融資資金」だった訳です。

 当時、日銀は円安による不景気に対する処置として長期的な金融緩和策を行っており、それが銀行融資を容易にしたのです。つまり「国土庁の首都改造計画」と「日銀の金融緩和策」がバブル景気の発端でした。バブル景気が進めば進むほど、銀行からの融資資金は増える訳ですが、いくら「土地ころがし」といっても限界があります。高値で買った土地も高騰し続ければ「いつかは買い手がいなくなる」のです。そして、「売れなくなった瞬間」に銀行からの融資は不良債権と化してしまう訳です。実態経済から乖離した好景気は見せかけでしかない訳です。

 そして1991年2月に、ついに、その時が訪れました。危険を感じた銀行からの融資が止まってしまったのです。その瞬間にバブル景気は崩壊しました。そして、それから長くて暗く重い不景気が日本経済にのしかかってきたのです。この不景気は1991年から2005年まで、実に14年間も続くことになります。

就職氷河期世代の誕生

 この14年間は当然ながら求人も極端に少なくなり、有効求人倍率は1.0を下回る状態が続きました。この時期に大学や高校を卒業し社会人として活動を始めることになった人達は、まともな求人が無く、やむなくフリーターや派遣労働という非正規雇用しか働き口がなかったのです。極く僅かに「正社員」として就職出来た人も、本来、自分が望んでいた仕事につける人は、非常に希でほとんどの方は「望んでいない職種」に就職せざるを得なかったのです。

 この14年の「就職氷河期」と呼ばれる世代の人数については就職時の年齢がばらつきがあることから正確な統計値が出せないのですが、おおよその年齢として、2022年時点で40歳から54歳になる方が主に該当すると考えられ、あくまで概算ですが、その総数は男女合計で2715万5千人、男性だけで見ると1373万人程度と計算できます。

 当然ながら非正規雇用では収入が少なく、しかも不安定です。既に「終身雇用」という幻想は存在しません。「いつ切られるか分からない」という不安が付きまとい、安い賃金で働かざるを得なかったのです。日本の総人口は2022年度時点で1億2592万7902人ですので、ざっとですが20%の方が該当するのです。実に5人に1人という巨大な数値です。

 これだけの人数が「まともな就職口が無い」という事態にさらされたのです。さらに運の悪いことに「本来であれば、こういった事態に対処すべき」である日本政府は混乱が続いており、まともな対応が出来ませんでした。以下に該当時期の総理大臣を列挙してみましょう。

 1991年のバブル崩壊時の総理は宮沢喜一氏でした。宮沢総理はバブル崩壊に伴う不良債権問題に対し「金融機関への公的資金の導入」を提案しましたが、大蔵省をはじめ金融機関、経団連などの財界、マスコミの猛反対に遭い断念。そして選挙で敗北し、政権与党は複数党の連立政権となってしまいます。

 連立政権は各党間の調整をしないと何も決められない「即応ができない体制」で、これではまともな対応は期待できません。「住専」が抱える不良債権問題は深刻化しましたが、1995年12月、村山総理の時に対応基本方針が閣議決定され、1996年の橋本総理のときに具体的な法案が提出。相当に揉めてなんとか可決してやっとケリが付くものの、6年間もすったもんだした挙句、結局は宮沢総理が当初に提案していた「金融機関への公的資金の導入」で決着することになった訳です。

 しかし、法案が可決したから終わりではなく、実質的な処理は「それから」でした。実際、この清算処理には更に8年という月日が必要でした。その間に、長期信用銀行、日本債権銀行などの「長期貸付銀行」のほか、山一証券が破綻しました。これらの金融機関や証券会社が破綻することなど、以前は絶対にあり得ないことでした。その「あり得ない破綻」が現実に次々と発生したことで日本経済は完全に委縮。住専の不良債権処理が完全決着する2005年まで、どこの会社も「次に破綻するのはどこだ」という戦々恐々とした状況が続いたのです。

 これでは有効求人倍率が上がる訳がありません。最悪の時期には有効求人倍率は0.5まで下がり、どこの会社も求人どころか、破綻を免れることだけで精一杯でした。新卒を採用して「将来への準備」をする気にならなかったのは当然でもありました。その結果、就職難民が懸念される世代は合計で実に2700万人。これが「就職氷河期世代」です。

※総務省の統計を元に筆者が作成
※総務省の統計を元に筆者が作成
※Wikioediaを元に筆者が作成
※Wikioediaを元に筆者が作成

 就職氷河期世代には負のスパイラルが襲いかかりました。収入が低く、しかも安定しておらず「いつ解雇されるか分からない」と言う状態では、特に男性の場合、結婚することは不可能でした。仮に「共稼ぎ」で結婚したとしても、お金と時間がかかる「子供」を持つことは、当然ながら、ためらわれました。その結果、この世代では男性、女性とも生涯未婚率が非常に高いのです。

 よく「少子高齢化は団塊の世代と医療の発達が原因」という意見がありますが、団塊の世代は決して、少子ではなく、むしろ、現代に比べると子だくさんだったのです。つまり少子化を招いたのは就職氷河期世代の未婚率の高さと出生率の低さが原因と言って良いのです。そして、それは彼らが選んだ道ではなく、「そうせざるを得ない状況」に追い込まれた結果なのです。

 またバブル経済の崩壊で手痛い目にあった企業は「業績悪化の時に処理しやすい非正規雇用」という存在が正社員という扱いにくい存在よりも、遥かに便利であることに気が付いてしまったとも言えます。既にバブル崩壊による不景気は完全に払しょくされているにも関わらず、いまだに「非正規雇用」という存在が多数を占めているのは、こういった「企業の思惑」があることは否定できないでしょう。

就職氷河期世代の被った被害

 バブル経済前までの日本では、

  • →学校卒業
  • →会社入社
  • →20代で社会マナーや会社の仕組み、仕事の仕方を覚える
  • →30代で管理職候補も含めた「若手のリーダー」となる。個人的な資産形成も始める
  • →40代で会社の中核人材となる→50代で後進の育成も含め、管理職候補は管理職の上位職へ。そうでない人は中間管理職を継続
  • →60歳で退職金をもらって退社
  • →70前後で病死

 というのが、いわば「人生のキャリア」でした。しかし就職氷河期世代は20代、30代を非正規雇用として過ごしてきたので、それまでの通例となっていたキャリア形成ができませんでした。その結果、リーダーになることも、中核人材になることもできなかったのです。

 中には社会マナーや会社の仕組みすら、教えてもらえず「ただ、言われたことだけをこなしていた」と言う人達も多く存在します。しかも低賃金ですので資産形成の機会も得られませんでした。

 また「非正規雇用」という不安定な職種では積極的に上位職を目指すこともできません。逆に上位職から不条理なハラスメントを受けることも多かったのです。そして業績が悪化すれば、いとも簡単に解雇されてしまったのです。その結果「うつ病」にかかったり「引きこもり状態」になってしまった人も数多く出ています。

 内閣府の調査によると、2019年時点で「ひきこもり中高年者」の総数はなんと61万人程度、という結果が出ています。「引きこもり」というと、いじめを受けた中高生が不登校になった結果と思いがちですが、実は「中高年者(=就職氷河期世代)の引きこもり」の方が遥かに多いのです。

 そして意外なことに、その多くは10年前後の正規、あるいは非正規での雇用経験があり、全く仕事をしたことがない、という人はいません。現在は無収入で国民年金も払えませんから将来的に「無年金」となってしまいます。既に40歳~54歳と言う年齢に達している就職氷河期世代には絶望的な未来しか残されていないのです。

8050問題とは?

 先に「ひきこもり中高年者の総数は61万人程度」と書きましたが、その61万人はどうやって暮らしているのか、というと、実家で親の収入(年金)で養ってもらっているのです。

 子供が40~54歳となると、その親は70~80代になります。特に80代の親にしてみれば、いつ親自身が死ぬか、或いは要介護状態となり施設に入ることになるか、分かりません。そうなったら、その親に養われている中高年の子は、暮らしていけなくなってしまいます。

 令和4年現在、生活保護の受給者数は203万6045人となっています。もし、そこへ61万人もの人数が追加されたら生活保護の費用は一挙に30%も増えることになります。生活保護の負担金は令和3年度で約3.8兆円です。そこへ30%増となると1兆1400億円が必要となるのです。これが8050問題の経済面の問題です。

 さらに8050問題には、もっと奥深い問題があります。80代の親は高度成長経済時代か、或いはその後のバブル経済を経験した世代ですので、バブル以前の「人生のキャリア」が正常なコースだと考えます。そして自分の子供も、その「キャリアコース」に復帰するよう、促し続けた例が非常に多いのです。しかし、そのキャリアコースは既に崩壊していますし、現実問題として非正規雇用しか仕事経験がなく、しかも「空白期間」もある状態で50代では、もう普通の会社では雇ってくれません。へたするとパート、アルバイトも難しいでしょう。そういった現実を知ると、親は「子供が正常なキャリアコースに乗れなかったのは育て方が悪かったから」と親としての責任を感じてしまう例が非常に多いのです。

 また、引きこもっている子供に対し「何か仕事をしろ」と迫る親の中には、子供から逆に暴力を振るわれてしまう例も多くあります。一度、暴力を振るうという一線を超えると、それは日常化してしまうことが多く、最悪の場合、殺人に至ると言うケースも出てきています。真の原因は「ただ、単に運が悪かっただけ」なのですが、その不運がその人の人生と家族を破壊してしまっている訳です。そうでなくても日本の年金制度は「生活できない」といわれるほど低いのに、そこへ「子供も養う」のでは、足りる訳がありません。

 こうして親も追い込まれていくのです。平均寿命が70歳前後の時代には起こり得なかった現象です。誰も2023年の日本の平均寿命が80歳を超えるとは予想もしていなかったのです。この高齢化現象が更に悪影響を及ぼしていると言えます。何故なら就職氷河期世代もまだ30~40年の人生が残されている」からです。一体、どうやって残りの人生を過ごせというのでしょうか?

 日本政府は「就職氷河期世代の支援」を行なっていますが、正直なところ、あまり顕著な効果は認められません。実態を知らずに一定の要件を要する支援処置を施し周知も十分でないので、活用できる人はごく僅かでしょう。「追及された時の言い訳を作るためににやっている」という疑念すら抱いてしまいます。

 ただ1つ、言えることは「既に中高年にまで達してしまった就職氷河期世代の人達を根本的に救うことは、もはや不可能」ということです。うつ病、アスペルガー症候群、ADHD(注意欠如・多動症)と診断される人も数多くいるのです。

 それは先天的なものではなく、社会環境が招いた後天的なものである可能性が高いのです。経済的な支援はもちろん必要ですが、そういった精神的なケアも必要な状態の人が数多くいるのです。

 しかし行政はそういったことに熱心ではありません。これは推測でしかありませんが「もはや労働力たりえない人の精神疾患を公的な補助で治療しても社会的な意味がない。だから目を向けたくない」とでも考えているような気すらしますが。

 ケースワーカー等の対応要員があまりにも少なすぎるという現実があるのも事実です。ケースワーカーになるには色々な資格の取得や実績経験、あるいは試験合格が必要で簡単に増やすことが出来ない職種なのです。

おわりに

 確かに「運が悪い」のは現在の行政担当者の責任ではありません。けれど人間という生物が集団生活という形態を選んだ理由の中には「困った人達を助ける」という理由もあったはずです。人間社会は、弱肉強食であり弱者は排除されてしかるべき、という野生生物の世界ではないはずです。

 秋葉原通り魔事件で死刑になった加藤智大元死刑囚も、実は「就職氷河期世代」でした。彼も非正規雇用を点々とした挙句、最後は派遣切りをされてしまい、ついにあの事件を起こしてしまったのです。

 もし誰かの助けがあったなら、あの事件は起きなかったかも知れません。そして覚えて置いて下さい。秋葉原事件のあと、某週刊誌に「加藤は俺たちの代表として死刑台に登る」というコメントが出ていたことを。彼のしたことは許されることではありませんが、彼の心情を理解出来る人達が沢山いるのです。

 人は「やられたようにやり返す」ものです。冷たい仕打ちには冷たい仕打ちを。優しい心遣いには感謝や優しさを示すものです。もう出来ることは少ないかもしれません。ですが、不運に見舞われた人達に何かしてあげる、くらいのことは誰にでもできるはずです。そして、そのためには「まずは知ること」が必要です。

 この一文が何等かのお役に立てば幸いです。


【主な参考文献】
  • 藤田孝典『棄民世代 政府に見捨てられた氷河期世代が日本を滅ぼす』(SBクリエイティブ、2020年)
  • 川北稔『8050問題の深層:「限界家族」をどう救うか』(NHK出版新書、2019年)


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  この記事を書いた人
なのはなや さん
趣味で歴史を調べています。主に江戸時代~現代が中心です。記事はできるだけ信頼のおける資料に沿って調べてから投稿しておりますが、「もう確かめようがない」ことも沢山あり、推測するしかない部分もあります。その辺りは、そう記述するように心がけておりますのでご意見があればお寄せ下さい。

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