「光る君へ」紫式部の本名は”まひろ”!? 彼女は何と呼ばれたのか?

 長編物語『源氏物語』の作者である平安時代中期の女性・紫式部。その紫式部を主人公にした大河ドラマ「光る君へ」が2024年1月7日にスタートしました。紫式部を演じるのは、女優の吉高由里子さん。紫式部と同時代に生き、藤原氏の摂関政治の最盛期を築いた貴族・藤原道長を柄本佑さんが演じます。

 ドラマ第1回目「約束の月」では、都の下級貴族・藤原為時のもとに生まれた「まひろ」(後の紫式部)が、父に漢籍の手ほどきを受け、文学的素養を培う場面などが描かれました。それとともに、まひろが、三郎(後の道長)という少年と出会い、交流する描写が印象的でした。

 ちなみに、今回のドラマでは、紫式部の名前が「まひろ」となっていますが、式部の本名は不明です。紫式部というのも本名ではありません。紫式部の「紫」という呼称は、式部が書いた『源氏物語』の登場人物「紫の上」という女性に由来するとされます。「式部」というのは、式部省のことで、文官の人事や教育などを司った役所でした。紫式部の父・藤原為時は、式部丞を務めたことがありました。 

※参考:紫式部ファミリーの略系図(戦国ヒストリー編集部作成)
※参考:紫式部ファミリーの略系図(戦国ヒストリー編集部作成)

 自著の登場人物の名と父親の官位をかけあわせて「紫式部」と呼称されたのでしょう。しかし「紫式部」という呼び名は、同時代の人々からそう呼ばれた訳ではありません。「光る君へ」の時代考証を務める倉本一宏(国際日本文化研究センター教授)が

「彼女は自分が紫式部と呼ばれることになるとは、死ぬまで知らなかったであろう」
(同氏『紫式部と藤原道長』講談社、2023年)

と書いているように、我々がよく知る紫式部という呼称は後世のものなのです。

 紫式部の正式な呼称は「藤原為時の女(むすめ)」というべきでしょう。前述したように、本名は不明なのです。成人した後に○子という名前が付けられた可能性はあります。ちなみに、式部の本名は「藤原香子」という説がありましたが、定説とはなっていません。倉本氏は式部は、実家では「中の君」とでも呼ばれたのではないかと推測されています。

 これは、式部には姉や弟(兄との説もあり)藤原惟規がいたからだと思われます。長じてのち式部は、藤原彰子(一条天皇の皇后。藤原道長の娘)に女房として仕えることになりますが、その際には「藤式部」という女房名ではなかったかと考えられているのです。当時、諱(いみな。忌み名とも。本名のこと)は、口にすることを憚るものでした。よって、式部の本名を知っているのは、近しい身内のみだったでしょう。


【主要参考文献一覧】
  • 清水好子『紫式部』(岩波書店、1973)
  • 今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985)
  • 倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)

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  この記事を書いた人
濱田浩一郎 さん
はまだ・こういちろう。歴史学者、作家、評論家。1983年大阪生まれ、兵庫県相生市出身。2006年皇學館大学文学部卒業、2011年皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。専門は日本中世史。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。 著書『播 ...

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