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【逸話 LINEトーク画風】神の化身か?尼子の刺客が驚愕(?年)

  • エピソード
 2018/04/24

※『名将言行録』より

第二次月山富田城の戦いで、元就が洗合に陣をとって尼子の本拠・月山富田城を包囲していた時のこと。尼子の家臣に熊谷新右衛門・原宗兵衛という2人がいた。この2人が主君・尼子義久の前にでて言った。

熊谷新右衛門

降参して元就の洗合の陣に赴けば、元就めは必ずや対面をするでしょう。そのときの隙をねらい、我ら2人が同時に飛びかかり、刺し殺してしまえば、なんということはありません。

家臣アイコン

原宗兵衛

そのときにはどうか、我らの子たちに所領を賜りたく存じます。

家臣アイコン

これを聞いた義久は大変よろこび、さっそく2人の子に若干ずつの知行を与えた。

熊谷新右衛門

どんな猛々しい元就といえども、我ら2人が左右から捕えれば、よもや逃すことはあるまい。

家臣アイコン

原宗兵衛

フフ、元就ごときを討つことなどたやすい事よ。

家臣アイコン

こうして2人は大口をはき、出かけて言ったのであった。

---元就の陣営---

熊谷と原の2人は洗合に着いて降参の旨を伝えると、案の定、元就はすぐに対面した。その日は降人(=降参したもの)が3000余人もあって、2人もまたその中に混じって元就の前に出た。しかし、予想に反して上段の間には元就父子3人が着座しており、次に福原・桂・児玉以下の毛利家臣らが20余人も並んでいたのである。

2人は元就につけ入る隙も見当たらず、ただお辞儀をするだけで退出したのであった。

毛利元就アイコン

元就

今日の降人のうち、5・6人目に出てきた者は疑わしい。きびしく番人をつけておくのじゃ。

元就はこう言って警固の者を数人置いた。そして2人は何もできず、警固の隙をうかがって富田城に逃げ帰った。

---月山富田城---

2人が富田城に戻ると、義久から結果をたずねられた。

熊谷新右衛門

そ、それが・・・。かくかくしかじかで・・・。

家臣アイコン

事のいきさつを説明し、しまいには・・・

原宗兵衛

元就は人間とは思われません。どうも神の化身ででもございましょう。。

家臣アイコン

と、両人は語ったのであった。


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