「浮世絵」は江戸のファッション雑誌のようなもの? 江戸中期の美人画でみる浮世絵の楽しみ方
- 2024/10/08
浮世絵は顔だけで見てはいけません。服装・髪型・小物・日常生活の様子など…。浮世絵はたとえるなら、江戸時代におけるスナップ写真やファッション雑誌のようなもの。江戸っ子は流行に敏感な人たちです。
今回はそんな江戸っ子たちが買い求めた浮世絵の魅力を江戸時代中期頃の美人画からご紹介していきます。
当時のインフルエンサーは遊女!? ファッションリーダーは吉原にあり
江戸時代、男たちの夢を買う場所だった遊郭「吉原」。遊女の中でも、最高ランクの遊女である花魁(おいらん)の揚げ代(=遊女と遊ぶときの代金のこと)は莫大なもの。庶民には手が出せない高嶺の花でした。 そんな吉原はただの遊郭というだけではなく、当時のファッショントレンドが生れる場所でもあり、人気の遊女たちは「インフルエンサー」としても活躍。遊女たちの装いは豪華絢爛、とても華やかなものでした。衣装だけでなく、髪飾りやメイクなど、多くの女性が彼女たちのスタイルを参考にしています。そして、それらのトレンドを発信する媒体として使われたのが 浮世絵 だったのです。
数々の浮世絵では花魁を筆頭として、吉原にいる遊女たちにスポットライトが当てられています。有名なところでは、礒田湖龍斎の『雛形若菜初模様・玉や内しら玉』などの「雛形若菜初模様」というシリーズものがあげられます。
このシリーズは礒田湖龍斎(いそだ こりゅうさい)の代表的な作品で、吉原の人気遊女をモデルにして、流行の着物や髪形などを鮮明に描いています。まさにこれは、江戸時代のファッション雑誌。現在でも100枚以上の作品が確認されており、人気のシリーズだったことが伺えますね。
さらに鳥居清長や勝川春山など、他の浮世絵師も同じタイトルで浮世絵の作品を手掛けています。
また、鳥高斎栄昌(ちょうこうさい えいしょう)の『扇屋見世略 はしだて あやこし はなひと』では、当時吉原で最も格式の高い妓楼「扇屋」の人気遊女だった「文越」、「橋立」、「花人」の3名が夏物の衣装で着飾り、張見世の部屋にたたずむ様子が描かれています。
中心にいる遊女「文越」は、青みがかった白地の単衣に浮線綾風の文様を散らした衣装をまとい、涼しげで上品な雰囲気があります。左の遊女「花人」の帯は雪輪文様で涼しさをアピール。右の遊女「橋立」は豪華な黒地の帯に蝶のような横兵庫という髪型が印象的です。
三者三様の華やかな夏の装いは、背景のインパクトある孔雀の絵にも負けていません。それぞれの着こなし方にも注目です。
町人たちの生活を覗いてみよう
町人たちも遊女のように豪華な衣装を着て、町中を歩く…と言うわけにはいきません。というのも、たびたび江戸幕府が「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」という、町人や農民に対して贅沢を戒め、倹約を強制するための法令を出していたからです。そのような中でも、町人たちは日々のさりげないおしゃれを楽しんでいたのです。例えば、鳥居清長の『大川端の夕涼』の中に描かれている、手を握りながら歩いている若い2人の女性をご覧ください。
この2人の装いには江戸時代の人々に好まれていた代表的な柄が登場します。まず、右の若い女性の振袖は裾のみに柄が施されていて、さりげないおしゃれさを演出しています。対して、振袖の下に着ている長襦袢は、柄や色がとても鮮やかです。歩いたり、風が吹くと赤い七宝柄の長襦袢の柄がチラっと見える…。そこからも江戸の人たちが控えめながら、おしゃれを楽しんでいたのがわかりますね。
一方、中心にいる若い女性は縞模様の振袖を着ています。江戸っ子が好んだ縞模様は様々なバリエーションがあり、よろけ縞や矢鱈縞など不規則なデザインの縞模様も登場してきます。
その他は全体に細かい模様が入っている小紋など、控えめながらもバリエーション豊かな文様を生み出しています。
また、喜多川歌麿の『ビードロを吹く娘』では、華やかな柄の小紋を着た少女が描かれています。
桜を散らした市松模様の明るくて、華やかな色合いの着物や簪から、裕福な家の少女であることが伺えます。ちなみに、作中に登場する「ビードロ」とは、ガラス製の音の鳴るおもちゃのことです。別名「ポッピン」もしくは「ポペン」とも言います。
あどけない表情をしながらビードロで遊んでいる様子がほほえましいですね。
おしゃれしてどこ行く? 美人画からみる江戸のレジャー
太平の世になった江戸時代。文化は発展し、娯楽はバリエーション豊かになります。例えば、外食・歌舞伎・寺社参り・寄席や見世物小屋・大相撲など…。江戸の人々は様々な娯楽を楽しんでいました。中でも季節の風物詩である花見や納涼を兼ねた船遊びは、浮世絵でよく描かれています。
春と言えば、桜の花見。花見の風習が庶民の間に広まったのは江戸時代からです。江戸時代以前の花見は、貴族や武家などの上層階級がメインで楽しむ娯楽だったようです。
そして江戸の桜の名所と言えば、上野と王子にある飛鳥山です。特に王子の飛鳥山は8代将軍・徳川吉宗の時代に桜を植えて、整備させたものです。この2つは今でも桜の名所になっていますね。
上野の寛永寺が歴代将軍の菩提寺になると、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが難しくなってしまいます。そこで吉宗は庶民でも気兼ねなく楽しめる江戸の郊外に、新しく桜の名所を作りました。そのにぎやかな様子が伺えるのが、鳥居清長の『飛鳥山花見』です。
ここにはめいっぱいおしゃれをして、飛鳥山の桜を見物している女性たちが描かれています。武家も町人も一緒に花見を楽しむ姿は、花にも負けないくらいの華やかさがありますね。
続いて舟遊び。こちらも江戸時代から娯楽として、庶民に広まっていきます。 夏には当時、大川と呼ばれていた隅田川に納涼船が浮かび、花火鑑賞・お月見・食事や釣りなどを楽しんでいました。
鳥居清長の『吾妻橋下の涼船』にも女性たちが船を借りて、涼んだり、煙管で一服。また、釣った魚をさばいているところを眺めている様子などが描かれています。舟遊びを楽しむ様子がいきいきと表現されていますね。
おわりに
今回は美人画からみる浮世絵の楽しみ方について紹介してきました。このように浮世絵は人物の表情だけでなく、服装・髪型・小物・日常生活の様子など、当時の江戸の風俗を見て楽しむことができる素敵なアイテムなのです。なお、今回は江戸中期頃の浮世絵について紹介してきましたが、さらに江戸後期になると浮世絵も発展し、色鮮やかで様々な題材の浮世絵がたくさんあります。皆さんも機会があれば是非、美術館や博物館などで浮世絵鑑賞を楽しんでみてくださいね!
【主な参考文献】
- 太田記念美術館学芸部 『蔦屋重三郎と天明・寛政の浮世絵師たち』浮世絵太田記念美術館/1985年
- 赤木美智 太田記念美術館『美人画で味わう江戸の浮世絵おしゃれ図鑑』メイツユニバーサルコンテンツ/2023年
- 谷田有史・村田孝子『江戸時代の流行と美意識-装いの文化史』三樹書房/2015年
- 安村敏信『浮世絵美人解体新書』世界文化社/2013年
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