江戸の粋な小物「根付」とは?徳川家康も愛した最強おしゃれアイテムの魅力
- 2026/02/12
- ※本記事は一部にプロモーションを含みます
皆さんは、江戸時代に爆発的な流行を見せた最強のおしゃれアイテム「根付(ねつけ)」をご存じでしょうか?
根付とは、印籠や巾着、煙草入れや矢立などを帯から吊るして持ち歩く際に用いた、いわば「滑り止め」の留め具です。人間や動植物、妖怪、無機物に至るまで、森羅万象あらゆる意匠を凝らした根付は、その小さな塊の中に小宇宙を秘めた芸術品と称され、今もなお国内外のコレクターを魅了し続けています。
今回は、古今東西の好事家の心を捉えて離さない「小さな芸術」、根付の世界へ皆さまをご案内いたしましょう。
根付とは、印籠や巾着、煙草入れや矢立などを帯から吊るして持ち歩く際に用いた、いわば「滑り止め」の留め具です。人間や動植物、妖怪、無機物に至るまで、森羅万象あらゆる意匠を凝らした根付は、その小さな塊の中に小宇宙を秘めた芸術品と称され、今もなお国内外のコレクターを魅了し続けています。
今回は、古今東西の好事家の心を捉えて離さない「小さな芸術」、根付の世界へ皆さまをご案内いたしましょう。
ブームのきっかけは家康!
根付の代表的な愛好家といえば、徳川幕府初代将軍・徳川家康。生前の家康は切り傷や腹痛といった不測の事態に備え、常備薬を大量に持ち歩く「健康オタク」でもありました。特に有名なのが出陣の際に、笠の裏に隠して携帯したという御笠間薬(おんかさまやく)や、滋養強壮の八味地黄丸(はちみじおうがん)。自ら漢方を調合することもあり、豊富な薬学知識を有していたそうです。
家康のマニアぶりはそれだけに留まらず、漢方薬の入門書『和剤局方』を暗記するほど熟読した他、長谷町と久能山下の二か所に駿府御薬庭を作って生薬を栽培するほど。3代将軍家光が病で臥せった時も、「紫雪(しせつ)」と呼ばれるお手製の特効薬を飲ませ、一日で完治させたといいます。
将軍就任後、家康は直参旗本や外様大名にも薬の効能を説き、常備薬の携帯を勧めます。そこで家来たちが薬を入れる器として重宝したのが、時代劇『水戸黄門』でお馴染みの印籠です。本来は印鑑と朱肉を入れるケースでしたが、薬を入れるのにピッタリだと気付いた武士たちは、これを携帯用薬籠として転用し始めます。
現代風に言うと「ピルケース」ですね。帯に結んで下げればちょっとしたおしゃれアイテムに早変わりする為、意匠にこだわるマニアも現れました。
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着物の弱点を粋に変えた!
根付がこれほど愛された背景には、着物の構造上の問題点が関係しています。大前提として、着物にはポケットが存在しません。なので巾着や印籠を持ち歩く際は、そこから伸びた紐を帯にくぐらせ、端っこを根付で留めるやり方が好まれました。江戸初期は比較的簡素なものが多く、使用者も武士が大半でしたが、世の中が豊かになり、町人文化が花開いた中期以降に最盛期を迎えます。動植物、妖怪、物語や歴史上の人物、文化風俗や幾何学模様など、多種多様なテーマでユニークな根付が生まれました。葛飾北斎の春画『蛸と海女』を題材にした、ちょっとエッチな根付も存在します。一体どんな人が買ったんでしょうか?観光地みやげのヌーディーなボールペンを思い出します。
素材は、彫刻に適した黄楊(つげ)が主流ですが、高級品の象牙や鹿角、丈夫な黒檀・桜、さらには漆や珊瑚、金属まで。また、モチーフも七福神・十二支・達磨と多岐に亘り、職人のオリジナリティーが試されます。
寸法は3センチから15センチほど、中には1センチ未満の小さいものもありました。大半は市井の提物屋や袋物屋で買えましたが、富裕層はオーダーメイドの一点ものの特注品に凝り、上下にパカッと分かれるギミックや、内部にミニチュア模型を仕込んだものまで作らせました。
例えば「高砂根付」は一見ただの松ぼっくりですが、割ると松の精の老夫婦がお目見えする逸品。蓋の裏には鶴と亀が隠れており、大変おめでたい図案です。「舌切雀陶製根付」は大きな葛籠(つづら)に穴が開き、そこから妖怪のギョロ目が覗いています。
また、背面・底面に施された精緻な彫刻も見逃せません。動物根付の底面には折り畳んだ四肢に肉球が彫られ、前のめりの女性根付は袖の下にカルタを敷き、してやったりとほくそ笑んでいます。貝殻の内に竜宮城を細工した浦島太郎根付も人気でした。小さく壊れにくい根付は伊勢参りのお土産としても人気で、「無事帰る」の験を担ぎ、「蛙」の根付がよく売れたようです。このほか、すくすく伸びる「たけのこ」や、勝ちを呼び込む「栗」なども、贈り物として大変喜ばれたようです。
江戸屈指の名匠・蘭亭(らんてい)が手がけた『臼兎牙彫根付』などは、その「もふもふ感」で人々から絶大な支持を集めました。
一方で雲松白龍(うんしょうはくりゅう)は躍動感あふれる「猛虎」を得意とし、男のロマンを刺激しました。「八方睨みの虎」の眼力は凄まじいです!
俳諧の指南書『寶蔵』巻三には「根付のばへを見るに うちをのぞめる時はいとおくぶかし」と出てきます。「根付は、中を覗き込んだ時にこそ、その奥深さがわかる」といった意味の一節です。見た目は大事、されど本質は内にこそあり…… 実に含蓄深いですね。
明治期の外国人コレクターが熱狂!
明治時代となり、文明開化とともに洋装化が進むと、根付は急速に姿を消していきました。背広やズボンには最初からポケットが付いている為、留め具で落下を防ぐ必要がなくなったのです。世情の混乱とともに国内の需要は激減しましたが、これに新たな価値を見出したのが欧米人たちでした。
ジャポニズムに傾倒する彼等は、根付の独創性や遊び心、ユニークな造形の虜と化し、様々な根付を買い求めました。1867年のパリ万博にも浮世絵と共に展示されて人気が爆発した為、以降は輸出用の生産がメインになります。
現在は国内外に熱心なコレクターを抱え、「NETUKE」で検索すると海外のサイトが無数にヒットします。根付専門オークションの開催も盛んです。2011年にロンドンボナムス社が主催したオークションでは、18世紀後半の象牙の根付が26万5250ポンド(約3000万)で落札されています。
昭和46年(1971)に来日したロバート・キンゼイ、ミリアム・キンゼイ夫妻は自他ともに認める根付コレクター。彼等の登場によって根付の価値は再び見直され、1975年にはアメリカで「国際根付ソサエティ」が発足。世界中の根付ファンが登録し、約半世紀にわたり、根付の研究発表や聖地巡礼が行なわれています。
ワシントン条約の影響を受け、象牙製の根付は取引禁止になっているところに時代の変化を感じました。もちろん日本人コレクターも健在です。貴族院男爵議員と実業家を兼ねた郷誠之助、ならびに高円宮憲仁親王・久子夫妻が集めた根付は、東京国立博物館に寄贈されています。
おわりに
以上、手のひらの小宇宙「根付」の魅力についてお届けしました。現代の東京下町でも、人気の日本みやげとして売られており、江戸時代の物でも数千~数万円程度で買えることもあるので、興味を持たれた方は、ぜひ自分だけの「粋な一品」を探してみてはいかがでしょうか。



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