浅井長政が命を預けた「浅井三将」とは?小谷城に刻まれた信頼の証を辿る
- 2026/04/23
- ※本記事は一部にプロモーションを含みます
大河ドラマ『豊臣兄弟!』皆さんも楽しんでいますか?北近江の戦国大名・浅井長政には、彼を支える多くの武将たちがいました。
今回はその中でも特に優れたとされる浅井三将をご紹介。第15回放送「姉川大合戦」時点では未登場ですが、今後活躍の機会は見られるでしょうか。
今回はその中でも特に優れたとされる浅井三将をご紹介。第15回放送「姉川大合戦」時点では未登場ですが、今後活躍の機会は見られるでしょうか。
浅井三将とは
その名が示す通り、浅井長政はじめ歴代当主に仕えた三人の名将を指しました。具体的には、以下の三人です。
- 赤尾清綱(あかお きよつな)
- 雨森清貞(あめのもり きよさだ)
- 海北綱親(かいほう つなちか)
※五十音順。雨森清貞については、一文字違いの雨森清定(読み同じ)であるとも言われています。あるいは同一人物(単なる表記ゆれ)かも知れません。
それでは一人ずつ見ていきましょう。
赤尾清綱とは何者?
【永正11年(1514)生〜天正元年(1573)9月1日没】通称は孫三郎(まごさぶろう)、官職は美作守(みまさかのかみ)を名乗っていました。官職は正式に朝廷から認められたものではなく、主君から名乗りを許された自称です。
元は浅井氏と敵対する京極(きょうごく)氏に仕えていましたが、長政の祖父である浅井亮政(すけまさ)の代から浅井家に仕えます。
やがて浅井久政に代替わりすると、清綱は遠藤直経とクーデターを共謀しました。久政を隠居に追い込み、長政に家督を継がせる算段でしたが、果たしてこれが大成功。出かけた隙に領国から締め出された久政は、隠居して長政に家督を譲ります。
甲斐の武田信虎・信玄父子を連想させますが、こちらは久政の帰国が認められていました。この功績ゆえか、清綱は長政から重用され、厚く信頼されたそうです。
どのくらい信頼されたかと言えば、長政の本拠地である小谷城の中に屋敷を与えられるくらいでした。普通は謀叛を恐れて城外に住まわせるものですが、清綱は絶対に裏切らないと確信していたのでしょう。清綱の屋敷は赤尾曲輪(~ぐるわ)とも赤尾屋敷とも呼ばれ、長政からの信頼を象徴する場所となりました。
そんな清綱は小谷城が陥落した際に捕虜となり、信長の面前で切腹して果てます。一説には長政と共に、清綱の忠義を象徴する赤尾曲輪で自害したとも言われるようです。
雨森清貞とは何者?
【生年不詳〜天正元年(1573)9月1日没?】通称は弥兵衛尉(やひょうゑのじょう)。また一説には清兵衛(せいべゑ)とも言われます。
近江国伊香郡雨森(滋賀県長浜市)の地名を苗字とする一族で、浅井久政の奏者(そうじゃ)として重用されました。また合戦においては旗頭を務め、浅井家の滅亡時には永年の武功を賞する感状を拝領したと言います。どうせ死ぬからそんなものは無駄になるのに……それでも感謝の気持ちを示したい長政の心遣いに感動したことでしょう。
その後は忠義をまっとうするべく織田勢に斬り込んで討死したとも、故あって逃亡したとも言われますが、ハッキリしたことは分かりません。
また羽柴秀吉に仕えた雨森清兵衛と同一人物とも考えられているようです。なお読みが同じで雨森清定がおり、実はそっちが浅井三将だったのではないか、とも言われています。
海北綱親とは何者?
【生年不詳〜天正元年(1573)9月1日没?】通称は善右衛門(ぜんゑもん)。近江国瓜生の出身と言われ、浅井亮政・久政・長政の三代に仕えました。知勇兼備の名将として知られ、秀吉も恐れ、一目置いたと言われています。
陣中では軍奉行(いくさぶぎょう)を務めますが、小谷城の合戦で城を枕に討死しました。しかしこの説は子孫による伝承であり、実際には40年近く昔の天文4年(1535)に討死していたとする説もあるようです。その説では、浅井家が京極氏の家臣である多賀貞隆(たが さだたか)を夜討ちした際、返り討ちにされてしまいました。
ただしこの説を裏づける史料(京極方の感状)では、単に「海善(海北善右衛門)」としか記されていません。善右衛門は代々襲名されるいわば屋号であり、綱親自身ではなくその父親だった可能性も考えられるでしょう。果たして海北綱親はどんな生涯をたどったのか、今後の究明が待たれます。
ちなみに絵師として有名な海北友松(ゆうしょう)は綱親の三男または五男で、その子孫も絵師として活躍しました。
浅井三将まとめ
今回は浅井長政を支えた名将たち浅井三将について、それぞれの生涯をたどってきました。しかしその最期については、記録によってさまざまな姿が描かれています。- 赤尾清綱→浅井滅亡時に自害して果てる
- 雨森清貞→浅井滅亡時に討死?逃亡?秀吉に仕えた説も
- 海北綱親→浅井滅亡時に討死?すでに亡くなっていた説も
果たして大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、彼らの活躍は見られるのでしょうか。もし登場するなら誰がキャスティングされるのかも楽しみですね。
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