※「乱取り」とは合戦のあとに、兵士が人や物を略奪する行為を指す。
天文12年(1543年)の10月。19、20日と乱取りをした翌日の21日、先鋒の甘利虎泰が板垣信方の陣営にやってきた。
━━ 板垣信方の陣 ━━
不思議な夢をみたのじゃ。今宵、諏訪大明神の神の使いだという大山伏がでてきて「こたび下郎どもが乱暴狼藉を働いているのはあるまじき非道である。早く止めさせよ。」とお告げしたのじゃ。まことに不思議なことじゃ。
なんじゃと!?実はわしもそのような夢をみたのじゃ!!
なんじゃとお!?そんなことがあるかのう・・まったくもって不思議じゃ~。
さらには飯富虎昌もやってきて同じことを言ったのである。
これを聞いていた兵士らも驚き、板垣信方ら3人はすぐに狼藉を禁じる命をだした。そしてこのことを聞いた兵士らは誰一人として禁を破るものはなかったというのである。
ここで話は前日の20日に戻る。信玄が信方を呼び出したときのこと…。
━━ 前日(20日)━━
殿、いかがなされましたか。
うむ、こたびは乱取りを許したが、下郎どもは元々これが大好きゆえに夜も明けぬうちから走り出ていき、夕方頃にようやく戻ってくる。おそらくだが、いまとなっては相応の獲物を手にいれなかった者は一人もおらぬだろう。
そろそろ信濃勢からも攻め込んでくると思うが、そのとき下郎どもが乱取りに夢中で陣が空っぽであれば、どうして敵にあたることができようか。
たしかに。殿のおおせのとおりですな。
わしが乱取り禁止を命じても、こっそりと人目をかすめ、夜にまぎれて出かける者がおったら、その者を誅伐するほかないであろう。しかし、陣中でそうすることは主将たる者のなすべきことではない。
できれば乱暴狼藉を下郎ども自らが気づいてやめるようにするのがよいのだ。
・・・
いかようにして、気づかせるのでございますか?
うむ、まずはそちと飯富・甘利の3人の陣中を禁止にせよ!さすればその他の隊は枝葉ゆえ、禁令を出さずとも止むであろう。
なるほど、それはよきお考えでございますな。
このように信玄は事前に板垣信方らと取り計らっていたのである。案の定、乱暴はぴたりと止んだということである。