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石田三成に過ぎたる家臣とは?

戦国武将には優れた家臣がつきものです。石田三成には「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり ●●●●と佐和山の城」と謳われるほど、有能な家臣がいました。●●にあてはまる武将は次のうち、誰でしょうか?

( 正解率は 72 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「島左近」

  回答内訳

25人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 0回

宇多頼忠 (2回答、8%)
小西行長 (1回答、4%)
大谷吉継 (4回答、16%)
島左近 (18回答、72%)
 解説

『古今武家盛衰記』の中で「治部少(三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われています。石田三成は自領の半分を与えるという破格の待遇で島左近を召し抱えたというエピソードは有名です。

なお、宇多頼忠は三成の正室・皎月院(こうげついん)の父です。また、小西行長と大谷吉継はともに秀吉の家臣であり、朝鮮出兵では三成とともに明との和平交渉に携わり、関ケ原の戦いでは島左近や宇多頼忠同様、三成方の西軍に加担しています。

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