上杉謙信を怒らせた成田長泰の行動とは

上杉謙信が1560年から関東遠征(北条攻め)を行なった際に、謙信の配下となった武蔵国の武将・成田長泰。その後、彼は「ある行動」が原因で、謙信を怒らせてしまったといわれています。その行動とは何でしょうか。

( 正解率は 60 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「とある儀式で、馬をおりなかった」

  回答内訳

40人 が回答済です

とある軍議で、兜を脱がなかった(9回答)
22%
とある儀式で、馬をおりなかった(24回答)
60%
とある普請(土木工事)で、労働者を出し渋った(1回答)
2%
とある検地で、農民に田畑をごまかさせた(6回答)
15%

※未回答での閲覧回数は 4回

 解説

謙信は1561年、北条氏の本拠・小田原城包囲の後、鎌倉の鶴岡八幡宮で山内上杉家の家督と関東管領職の相続をしています。

このときの関東管領就任の儀礼において、成田長泰は下馬をしなかったことで謙信の怒りを買い、扇で烏帽子を打ち落とされるという恥辱を受けたといいます。また、一説に下馬しなかったのは、成田氏が藤原氏の流れを汲む名門で、祖先は源氏の武将にも下馬の礼を取ることを免ぜられていたとか。

この一件が原因で、成田氏泰はまもなく北条氏に寝返ったともいわれています。

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