徳川家康に嫁いだ豊臣秀吉の妹の名は?

信長の死後、天下統一に突き進んでいた豊臣秀吉。しかし徳川家康は従う姿勢を見せなかっため、秀吉はうまく手なずけて従わせるために妹を家康に嫁がせています。さて、この秀吉の妹とは次のうち誰でしょうか?

( 正解率は 78 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「旭(あさひ)」

  回答内訳

71人 が回答済です

仲(なか)(4回答)
5%
おね(5回答)
7%
旭(あさひ)(56回答)
78%
茶々(ちゃちゃ)(6回答)
8%

※未回答での閲覧回数は 10回

 解説

織田信長の死後、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)は柴田勝家を倒して織田家の覇権を握りますが、やがて信長次男の織田信雄と対立し、1584年には「羽柴秀吉 vs 織田信雄・徳川家康連合」という争いの構図で、小牧・長久手の戦いが勃発。

この戦いは織田信雄が単独で降伏したことで終息しましたが、秀吉と家康の対立は顕在化。1586年に秀吉は異母妹である旭姫(あさひひめ)を家康に嫁がせて従わせるという融和策をとり、これが成功。同年10月に家康は上洛して秀吉に謁見し、豊臣氏に臣従することを表明しています。このため、漫画「へうげもの」では家康は年増好きとして描かれています。

ちなみに、仲は秀吉の母「大政所」、おねは秀吉の正室「北政所」、茶々は秀吉の側室「淀君」の名です。

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