上杉謙信が上杉憲政から譲られた役職とは?

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越後の国主となった上杉謙信は、北条氏によって関東を追われた上杉憲政を保護。後にその憲政から、とある役職を譲られ、鎌倉の鶴岡八幡宮にて、その役職の就任式を行なっています。さて、謙信が就いた「その役職」とは何でしょうか?

( 正解率は 76 % )

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答えは「関東管領」

  回答内訳

314人 が回答済です

副将軍(10回答)
3%
鎌倉公方(5回答)
1%
越後守護(59回答)
18%
関東管領(240回答)
76%

※未回答での閲覧回数は 26回

 解説

北条氏の台頭によって相模・武蔵と領土を奪われつつあった山内・扇谷上杉氏ですが、天文15年(1546年)の河越夜戦で惨敗を喫したことにより、その信望は地に落ちました。

やがて北条氏は勢力をますます拡大し、憲政は次第に北関東へと追い詰められいきました。天文21年(1552年)、ついに本拠地の平井城を攻略された憲政は、長尾景虎(のちの謙信)を頼り、越後へ逃れます。

その後、景虎を養子として復権を目指しますが、小田原城攻めの直後、鎌倉鶴岡八幡宮で管領職を譲り、景虎を上杉政虎と名乗らせて隠退しました。


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