関ヶ原の戦いの決戦に間に合わなかった東軍の武将は?

徳川秀忠の肖像画

1600年の関ヶ原の戦いで徳川方の東軍に所属し、決戦に参加予定だったものの、間に合わなかった武将は次のうち、誰でしょうか?(ヒントは肖像画。)

( 正解率は 87 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「徳川秀忠」

  回答内訳

62人 が回答済です

伊達政宗(3回答)
4%
徳川秀忠(54回答)
87%
加藤清正(5回答)
8%
黒田官兵衛(0回答)
0%

※未回答での閲覧回数は 5回

 解説

徳川秀忠は関ヶ原の戦いが初陣であり、決戦にも参加する予定で3万の軍を率いて中山道を進んでいましたが、その途次で西軍の 真田昌幸が守備する上田城攻め(第二次上田合戦)を行ない、これを陥落することができませんでした。

一説に、この真田との合戦が原因で時間がかかり、最終的には関ケ原の決戦の地にも遅れ、のちに家康から叱責を受ける事になったと言われています。

ちなみに、伊達政宗、加藤清正、黒田官兵衛も東軍に属しています。政宗は東北地方で西軍に属する上杉軍と戦い、 加藤清正と黒田官兵衛は九州地区において出陣し、小西行長ら西軍勢力を次々と破っています。

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