信長の親衛隊とされる部隊の名は?

母衣を背負った若い頃の前田利家の騎馬像(石川県金沢市尾山町)

織田信長は直属の兵力を作り上げる目的で、家臣の次男や三男を中心に親衛隊を結成させました。その部隊の名を何と呼ぶでしょうか?

( 正解率は 72 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「母衣衆(ほろしゅう)」

  回答内訳

94人 が回答済です

雑賀衆(さいかしゅう)(11回答)
11%
小姓衆(こしょうしゅう)(5回答)
5%
旗本衆(はたもとしゅう)(10回答)
10%
母衣衆(ほろしゅう)(68回答)
72%

※未回答での閲覧回数は 20回

 解説

布を風船のように風ではらませたものを「母衣(ほろ)」と呼び、鎌倉時代初めから登場していたようです。 最初は母衣を背負って槍や矢を絡ませる目的があったようですが、戦国時代になると名誉のものと位置づけられました。

信長は家臣の次男・三男から選抜した者を母衣衆に組み入れ、自らの親衛隊としたのです。黒母衣衆と赤母衣衆の2隊が存在していました。前田利家や河尻秀隆など、のちに大名として出世する者も多く含まれています。

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