真田昌幸の二人の兄が戦死した戦とは?

信綱寺にある真田信綱・昌輝兄弟の墓

真田幸村の父で知られる真田昌幸。彼は三男ですが、2人の兄がいずれも戦死したことで、真田家を継いでいます。

さて、2人の兄が戦死した戦とは、次のうちどれでしょう。

( 正解率は 72 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「長篠の戦い(1575年)」

  回答内訳

55人 が回答済です

第四次川中島の戦い(1561年)(7回答)
12%
三増峠の戦い(1569年)(8回答)
14%
三方ヶ原の戦い(1573年)(0回答)
0%
長篠の戦い(1575年)(40回答)
72%

※未回答での閲覧回数は 8回

 解説

昌幸の長兄は真田信綱(のぶつな)、次兄は真田昌輝(まさてる)です。

真田一族は昌幸の父である真田幸綱(ゆきつな)のころより、武田信玄に仕え、信玄の死後は武田勝頼に仕えました。 その勝頼は天正3(1575)年の「長篠の戦い」織田・徳川連合軍に大敗しています。

二人の最期は諸説ありますが、一説に『甲陽軍艦』や『真武内伝』によると、真田信綱・昌輝兄弟はこの戦いに主力として参加しており、馬場信春らと共に右翼を担当。

織田・徳川連合軍の三重の馬止めの柵の、1番目を突破した後、一斉射撃を受けて二人とも戦死したといいます。残りの真田部隊も、次の柵を突破して16人の敵を討ち取ったところで壊滅した、とされています。

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