「天下布武」の「天下」とは、どの範囲をさす?

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永禄10年(1567)、尾張・美濃の二カ国を平定した織田信長は有名な「天下布武」の印判を使用するようになります。この「天下」が示す範囲とは、次のうちどれでしょうか?

( 正解率は 47 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「畿内」

  回答内訳

205人 が回答済です

地球上の全て(24回答)
11%
日本全国(73回答)
35%
畿内(97回答)
47%
尾張・美濃(11回答)
5%

※未回答での閲覧回数は 37回

 解説

従来、「天下布武」の印判は信長の武力による天下統一の決意を示すものと理解されてきました。しかし、近年ではこの「天下」が示す範囲は京都とその周辺、つまり畿内に限られたものであったと考えられています。

この時の信長と足利義昭、および周辺の諸大名との関係を鑑みると、この「天下布武」の意味は畿内を平定し、義昭を将軍に就けて幕府を再興するという意思表示程度のものになります。義昭追放後は、信長が自ら畿内を支配しているという宣言の意味で使用されました。

信長が「天下統一」、つまり日本全土の統一を志向するようになるのはもっと後のことでした。


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