家康の対公家政策で適切なものは?

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豊臣政権を倒した徳川家康は名実ともに天下人となりました。新たな政策を進める上で、彼は公家社会に対しても、豊臣政権とは違う対応をとります。では、徳川政権の公家政策で正しいものは次のうちどれでしょう? ( 正解率は 54 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「政治に関わるのを禁止し、行動を厳しく制限した」

  回答内訳

108人 が回答済です

京都に度々遊びに行き、良好な関係を築いた(15回答)
13%
将軍が旅するとき、接待役としての同行を命じた(13回答)
12%
公家にも参勤交代を命じた(21回答)
19%
政治に関わるのを禁止し、行動を厳しく制限した(59回答)
54%

※未回答での閲覧回数は 20回

 解説

徳川政権は、基本的に公家が政治に関わる事を禁止しました。公家は文芸に携わるものとされ、官位の昇進も征夷大将軍の許可が必要とされました。

原因として、武家であり関白でもある豊臣家の扱いに苦慮したことが挙げられます。結局豊臣家は武力討伐しましたが、その時に相当苦労したようで、将軍より上の官位につく大名が今後出てこないように、と公家への圧力を強めたそうです。

なお、家業を持たない摂関家はこの政策のために暇になり、武家との通婚も厳しくなったので、最終的にふたたび天皇の外戚になりました。

参考文献:『岩波講座日本歴史 第10巻 近世』(岩波書店、2014年)


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