武田信義が源氏方として活躍した源平合戦の一つとは?

武田氏の祖とされる武田信義の像。文献上の初出の守護(駿河国)とされる。

武田信義(たけだ のぶよし)は、武田信玄で知られる武田氏の祖とされます。源平合戦では源氏方として参戦し、そのうちの一つの戦いにおいて、平氏軍を撤退させる活躍をしています。さて、その合戦とは何でしょうか?

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答えは「富士川の戦い」

  回答内訳

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石橋山の戦い(3回答)
20%
富士川の戦い(8回答)
53%
屋島の戦い(2回答)
13%
壇ノ浦の戦い(2回答)
13%

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 解説

源頼朝が石橋山の合戦で敗れた頃、信義もまた反平家のため挙兵し、信濃や駿河を手中にします。そして富士川に陣取り、黄瀬川にいる頼朝と連携して、進軍してきた平家軍を散々に打ち破りました。

当初は頼朝や義仲らと同様、東国武士の棟梁の一人と見なされたものの、彼もまた頼朝から危険視されました。信義は最終的に鎌倉幕府に臣従する道を選びます。武田氏は東国の有力一族として鎌倉・室町時代を生き延び、戦国時代の武田信玄につながります。

※参考
  • 『平家物語』(日本古典文学全集、小学館、1975年)
  • 『吾妻鏡』(吉川弘文館、1932年)


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