大友宗麟と島津義弘が覇権を争った主戦場の川の名前は?

九州地方では、大友氏と島津氏は覇権を争い激しく戦いました。 天正6年大友宗麟と島津義弘はある川を挟んで戦をしますが、そこでの敗戦後大友氏は衰退して行きます。 戦場になった川の名前は何川でしょうか。

( 正解率は 3 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「大淀川」

  回答内訳

26人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 0回

五ヶ瀬川 (3回答、11%)
五十鈴川 (3回答、11%)
耳川 (19回答、73%)
大淀川 (1回答、3%)
 解説

九州では日向の地の覇権を伊東氏と島津氏が争いました。覇権争いに敗れた伊東氏は大友氏に救援を求めました。天正6年大友氏は6万人ほどの大群を率いて日向に出兵します。

島津氏も激しく応戦し、耳川を挟んでの戦いになりましたが、島津氏側の策略により敗戦してしまいました。この後、大友氏の勢力は弱まっていきました。そして大友氏は豊臣秀吉に救援を仰ぎ、豊臣秀吉の九州征伐につながっていきました。

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