浅井三姉妹の次女「お初」の出家後の名は?

近江の戦国大名・浅井長政と信長の妹・お市との間に誕生した浅井三姉妹(茶々、初、江)。さて、次女「初」の出家した後の名前は何というのでしょうか?

( 正解率は 55 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「常高院(じょうこういん)」

  回答内訳

20人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 2回

常高院(じょうこういん) (11回答、55%)
芳春院(ほうしゅんいん) (5回答、25%)
高台院(こうだいいん) (4回答、20%)
見性院(けんしょういん) (0回答、0%)
 解説

次女のお初は豊臣政権下、秀吉の計らいで京極高次と結婚しています。夫と死別してからは剃髪・出家して「常高院」と号しました。

豊臣と徳川の決戦となった大坂の陣では、長女の茶々(淀殿)と三女のお江が敵味方に別れてしまいますが、常高院は間を取り持つため、和議に尽力しました。

一説によると、常高院は豊臣方の使者として大阪夏の陣で豊臣が滅亡する直前まで、姉の淀殿を説得していましたが、その願いは姉には届きませんでした。その後、落城する大坂城を後にしたと言われています。

ちなみに芳春院は前田利家の正室「松姫」、高台院は豊臣秀吉の正室「おね」、見性院は良妻賢母の見本と言われている山内一豊の正室「千代姫」です。

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