千利休を見送った二人の弟子とは?

千利休の肖像画(長谷川等伯 画)

千利休が秀吉の勘気を被り、堺への蟄居を命じられ、船で京から堺へ向かう際に船着き場に見送りに来た二人の弟子とは一体誰でしょうか?

( 正解率は 75 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「古田織部と細川忠興」

  回答内訳

65人 が回答済です

蒲生氏郷と瀬田掃部(2回答)
3%
高山右近と牧村利貞(6回答)
9%
織田有楽斎と芝山監物(8回答)
12%
古田織部と細川忠興(49回答)
75%

※未回答での閲覧回数は 7回

 解説

1591(天正19)年、豊臣秀吉の勘気に触れ京から堺への蟄居を命じられた千利休。 京を追われて切腹しなければならなかった理由は、大徳寺山門の利休の木像が不敬である事と茶道具を高値で売りさばき莫大な利益を得ていたのではないかと疑われた、この2つの理由からでした。

多くの弟子や大名が秀吉に助命嘆願をしますが、利休は自分は何も悪い事はしていないのに何を詫びなければならないのでしょうか? と、秀吉に詫びることなく京にある自らの屋敷で切腹して亡くなっています。

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