後白河院に仕えた平知康は何の名手だった?

平知康(鎌倉殿の13人)のイラスト

北面の武士として後白河院に仕えた平知康(たいら の ともやす)。彼は何の名手といわれているのでしょうか?

( 正解率は 46 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「鼓(つづみ)」

  回答内訳

13人 が回答済です

将棋(0回答)
0%
鼓(つづみ)(6回答)
46%
蹴鞠(けまり)(5回答)
38%
弓(2回答)
15%

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 解説

正解は「鼓」です。蹴鞠もできたそうですが、鼓は特に上手だったそうです。

彼は鼓の名人で「鼓判官」とも呼ばれました。『平家物語』では、木曽義仲の乱暴を諫めようとしたところ「鼓判官というくらいだから多くの人に叩かれたのか?」と馬鹿にされ、頭に来た知康は兵を集めて義仲に対抗姿勢を示しました。もちろん義仲に攻められ、知康は朝廷の職を解雇されます。

しかしその後も生き延びて、鎌倉時代は源頼家の蹴鞠相手になったそうです。

※参考
  • 『平家物語』(日本古典文学全集、小学館、1975年)


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