天正遣欧少年使節のメンバーで、帰国後に棄教した人物は?

天正遣欧少年使節としてローマに派遣された4名(伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノ)のうち、帰国後に棄教したのは誰でしょうか?

( 正解率は 50 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「千々石ミゲル」

  回答内訳

122人 が回答済です

伊東マンショ(26回答)
21%
千々石ミゲル(61回答)
50%
中浦ジュリアン(18回答)
14%
原マルティノ(17回答)
13%

※未回答での閲覧回数は 8回

 解説

伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルチノ、中浦ジュリアンの4人は、天正遣欧少年使節としてローマに渡り、1590年に帰国しました。しかし、その頃には日本にはすでに伴天連追放令が出されており、キリスト教は禁教として迫害の対象になっていました。

中浦ジュリアンと伊藤マンショの2人は、帰国後にマカオへ留学し、司祭になりました。

弾圧の中で布教活動を続けますが、伊藤マンショは1612年に病死。中浦ジュリアンは国内で20年間宣教活動を行いましたが、激しい弾圧の下に捕縛され、1633年に殉教します。

原マルチノは禁教によってマカオに追放され、1629年に亡くなりました。千々石ミゲルは帰国してから10年後に棄教しています。


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