信長の家臣、柴田勝家の異名は?

北ノ庄城跡(福井県福井市)にある柴田勝家像

織田信長の宿老である柴田勝家は、多くの武功を挙げたことで猛将として知られました。 その逸話からどんな異名で呼ばれるようになったのでしょうか?

( 正解率は 64 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「瓶割り柴田」

  回答内訳

78人 が回答済です

黒ひげ柴田(11回答)
14%
鎧武者柴田(9回答)
11%
瓶割り柴田(50回答)
64%
退き柴田(8回答)
10%

※未回答での閲覧回数は 16回

 解説

南近江の要衝である長光寺城に柴田勝家が配置されたのは1570年のこと。しかし六角承禎率いる大軍に囲まれてしまいます。 援軍が期待できない中、城内の兵糧も乏しくなり、水源も絶たれてしまいました。

そこで勝家はある決断をします。城兵に水をふんだんにふるまった後、水瓶をすべて叩き割ってしまったのです。

こうして背水の覚悟で臨み、六角軍を打ち破ることに成功しました。その武勇から人は勝家のことを「瓶割り柴田」と呼んだそうです。

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