豊臣時代の大坂城、今はどうなっている?

大阪城炎上の絵。作者不明。

秀吉が築いた大坂城は1615年の大坂夏の陣により、灰燼に帰しました。現在見られる大阪城は徳川時代のものです。さて、豊臣時代の大坂城は現在どうなってしまったのでしょうか?

( 正解率は 50 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「家康の大坂城の盛り土の下に埋まっている」

  回答内訳

20人 が回答済です

完全に破壊され、何も残っていない(3回答)
15%
遺構の一部は伏見城に移された(2回答)
10%
家康の大坂城の石垣は実は豊臣時代のもの(5回答)
25%
家康の大坂城の盛り土の下に埋まっている(10回答)
50%

※未回答での閲覧回数は 4回

 解説

1615年の大坂夏の陣で豊臣方が敗れたのち、徳川幕府によって豊臣期の大坂城を覆い隠すように新しい大坂城が築かれました。現在も盛り土の下には豊臣期の大坂城の遺構が地下に眠り続けているのです。

昭和34年、大阪市と大阪市教育委員会・大阪読売新聞社は「大坂城総合学術調査団」を組織し、調査の中で思いがけない発見をしました。ボーリング調査の結果、地下から石垣と考えられる花崗岩が確認されたのです。

また、昭和59年には水道工事に伴う調査で、またもや地下石垣が見つかっています。現在、豊臣期の石垣を一般公開するプロジェクトが立ち上がり、公開展示される計画が進んでいます。

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