可児才蔵が「笹の才蔵」と呼ばれていた理由は?

『関ヶ原合戦図屏風』に描かれた可児才蔵

可児才蔵(かに さいぞう)は、笹の指物を背負って戦い、笹を ”とあること” に使ったことから「笹の才蔵」の異名をもっています。 さて、才蔵は合戦において笹をどのように使っていたのでしょうか?

( 正解率は 79 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「討ち取った首級の口に笹を入れた」

  回答内訳

73人 が回答済です

討ち取った首級の口に笹を入れた(58回答)
79%
空腹時に笹を食べた(2回答)
2%
自身の武器に笹を巻きつけた(6回答)
8%
笹を燃やして狼煙代わりに使った(7回答)
9%

※未回答での閲覧回数は 5回

 解説

可児才蔵は織田家臣の森長可に仕えていた頃、1582年の甲州征伐(武田攻め)において、16の首級をあげました。 ただ、首を持ちきれないため、3つだけを持って長可の元に現れ、その他の首は笹の葉を口に入れておいた旨を伝えました。

長可が調べたところ、才蔵の言う通りに残り13の首級が見つかり、笹が口の中に入っていました。こうした経緯から才蔵は「笹の才蔵」と呼ばれるようになったといいます。また、1600年の関ヶ原の戦いでも多くの首級をあげ、才蔵は徳川家康に称賛されています。

ちなみに、笹を敵首の口に入れることは、その相手に酒(ささ)を飲ませる最後の餞別の意味があるとか。

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