「国崩し」とは何のこと?

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豊後国の臼杵(うすき)城は「国崩し」というもので戦ったと言われています。さて、この「国崩し」とは一体なんのことでしょうか?

( 正解率は 77 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「大砲」

  回答内訳

309人 が回答済です

巨大投石機(32回答)
10%
大砲(241回答)
77%
人工的な土石流(24回答)
7%
内応工作(12回答)
3%

※未回答での閲覧回数は 15回

 解説

豊後国を治めていた大友宗麟は南蛮貿易に力を入れていました。つまりポルトガル人などとの海外貿易です。 それにより、天正4(1576)年にポルトガル人宣教師からフランキ砲という大砲がもたらされました。宗麟によって「国崩し」と命名されたこの兵器こそ、日本で最初の大砲です。

島津軍を相手に防戦で用いられ、その後日本の様々な軍に広まっていきました。

臼杵城跡にあるフランキ砲(国崩し)のレプリカ(wikipediaより)
臼杵城跡にあるフランキ砲(国崩し)のレプリカ(wikipediaより)


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