毛利氏が広島城へ移るまで本拠としていた城とは?

吉田郡山城の毛利元就墓所

天正19(1591)年、毛利輝元は居城を広島城へ移しましたが、それ以前に毛利氏の本拠だった城はどこでしょう?

( 正解率は 81 % )

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答えは「吉田郡山城」

  回答内訳

16人 が回答済です

吉田郡山城(13回答)
81%
三原城(1回答)
6%
頭崎城(かしらざきじょう)(1回答)
6%
佐東銀山城(さとうかなやまじょう)(1回答)
6%

※未回答での閲覧回数は 1回

 解説

安芸国吉田庄の地頭として土着した毛利氏が、その勢力を拡大していく中で、本拠としたのが吉田郡山城です。

戦国時代となった毛利元就の頃、郡山全山に曲輪が多数築かれており、天文9(1540)年には出雲の尼子詮久によって攻められるものの、撃退しています。

また、城下には道路が整備されて城下町が広がり、定期的な市が立つほど賑わいを見せていたといいます。

やがて天下が安定するようになると、領国統治の必要性から広島城が築城され、吉田郡山城はその役目を終えました。

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