豊臣秀吉の母「大政所」の本名とは?

大政所の肖像画(大徳寺 所蔵)

豊臣秀吉の母は、のちに「大政所(おおまんどころ)」と呼ばれました。さて、彼女の本名は何でしょうか?

( 正解率は 84 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

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答えは「なか」

  回答内訳

26人 が回答済です

なか(22回答)
84%
きく(3回答)
11%
るい(0回答)
0%
えい(1回答)
3%

※未回答での閲覧回数は 2回

 解説

大坂城を築いて天下統一を果たした豊臣秀吉は、天文6年(1537年)に尾張国中村(現在の名古屋市中村区)で生まれたと伝わります。

母の名は「なか」といい、織田家に仕える足軽木下弥右衛門に嫁ぎ、姉のとも、そして秀吉を産んだとされています。

秀吉が天下を取ったのちは大政所と呼ばれ、徳川家康を臣従させるために、人質として三河国へ赴いたこともありました。

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