関ケ原合戦の少し前、直江兼続が家康に送った書状とは?

豊臣秀吉亡きあと秀頼の後見人徳川家康の命令により上洛をするよう促される上杉景勝、その時家臣の直江兼続が徳川家康に送った書状を何と言うでしょうか?

( 正解率は 85 % )

正解!

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 ざんねん…

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答えは「直江状」

  回答内訳

69人 が回答済です

挑戦状(3回答)
4%
上杉状(5回答)
7%
直江状(59回答)
85%
降参状(2回答)
2%

※未回答での閲覧回数は 4回

 解説

豊臣秀吉は亡くなり幼い豊臣秀頼の後見人となった徳川家康、もはや豊臣家は徳川家康に逆らう力はなく家康は自分の力を誇示すべく地方の大名に上洛の命令を発して敵対するとあらば叩くつもりでした。諸大名は上洛するも東北の上杉景勝のみが上洛しませんでした。

その時に上杉家の家臣、愛の兜で有名な直江兼続が徳川家康に宛てた書状が「直江状」です。

「私達にやましい所はありません、なぜ家康どのは我々を疑うのか、ならば戦っても良いでしょう」といった旨のものでした。

この手紙を読んだ徳川家康は上杉討伐へ、そこで家康が留守になったところで石田三成が挙兵し関ヶ原の合戦に繋がりました。

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