信長死後の清須会議。信長の後継者は誰に決定した?

本能寺の変の後まもなくして開催された清須会議。このとき柴田勝家と羽柴秀吉がそれぞれ後継者候補を推薦し、結果的には秀吉が推した人物が後継者に決定しました。それは次のうちの誰でしょうか?

( 正解率は 70 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「織田秀信」

  回答内訳

27人が回答済 (※未回答での閲覧回数は 1回

織田信忠 (1回答、3%)
織田信雄 (4回答、14%)
織田信孝 (3回答、11%)
織田秀信 (19回答、70%)
 解説

1582年の清須会議では、織田家の領地の再配分と信長の後継者決めのために、重臣らで話し合われ、柴田勝家は信長三男の信孝を推したのに対し、羽柴秀吉は信長の嫡孫である三法師(のちの織田秀信)を推しました。

結果は、明智光秀討伐の功もあった秀吉の意見に賛同が集まり、後継者は三法師に決定。これ以後、勝家派と秀吉派による対立が深まり、翌年の賤ケ岳の戦いに発展していきます。

ちなみに信忠は本能寺の変のときに自害、信雄は信長次男ですが、織田家中で周囲からあまり評価されていなかったのか、推されませんでした。

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