三法師(のちの織田秀信)の通称は?

『絵本太閤記』清州会議で三法師を擁する秀吉

織田信長の死後、織田家では清州会議において、秀吉が信長の嫡孫「三法師」の後見役となり、天下人の足掛かりを作りました。さて、この三法師(のちの織田秀信)の通称は次のうち、どれでしょうか?

( 正解率は 42 % )

正解!

クイズ正解時のイメージ yes

 ざんねん…

クイズ間違い時のイメージ yes

答えは「岐阜中納言」

  回答内訳

102人 が回答済です

清洲中納言(20回答)
19%
三法中納言(16回答)
15%
岐阜中納言(43回答)
42%
尾張中納言(23回答)
22%

※未回答での閲覧回数は 7回

 解説

「三法師」という名は、信長の嫡孫にあたる織田秀信(おだ ひでのぶ)の幼名です。1593年、豊臣秀勝(秀吉の姉の子)が没した際に、その遺領である岐阜城が秀信に与えられました。『駒井日記』等の一次史料では「岐阜中納言」として秀信の名がみえます。

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