武田信玄に仕えた武将に「武藤喜兵衛(むとう きへえ)」という名の人物がいます。誰のことでしょうか?
( 正解率は 91 % )正解!
ざんねん…
答えは「真田昌幸」
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真田昌幸は真田幸隆の子として生まれ、武田信玄・勝頼父子に仕えました。
昌幸は信玄の親戚にあたる甲斐の名族・武藤氏を継いで「武藤喜兵衛」と名乗ります。武藤氏を継いだ昌幸でしたが、二人の兄、信綱・昌輝が天正3(1575)年に「長篠の戦い」で戦死したために、急遽真田家に戻り、家督を継ぐことになります。
その後、武田家は滅亡しますが、昌幸は織田信長に属して所領は安堵されます。ただ、その信長もまもなく本能寺の変で倒れ、政情が不安定になると、真田領を含む旧武田領(甲斐国、信濃国、上野国)は、上杉・北条・徳川ら周囲の有力諸大名らの争奪戦に。
ピンチに陥った昌幸はですが、上杉・北条・徳川の対立を上手く利用し、自らの勢力の維持・拡大を図り、一族の生き残りに成功するのです。
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