108歳まで生きた南光坊天海。徳川将軍に伝授した長寿の秘訣は?
- 2026/08/12
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♪人間五十年、下天の内を比ぶれば……♪ などと敦盛に謡われたとおり、戦国時代の平均寿命は50歳にも届かず30~40歳程度と言われています。そんな中、南光坊天海(なんこうぼう てんかい)はなんと、108歳という驚異的な長寿を記録しました(諸説あり)。
なぜそんなに長生きできたのか、きっと誰もが不思議に思ったことでしょう。そこで今回は、天海が徳川将軍に伝授した長寿の秘訣を紹介したいと思います。
なぜそんなに長生きできたのか、きっと誰もが不思議に思ったことでしょう。そこで今回は、天海が徳川将軍に伝授した長寿の秘訣を紹介したいと思います。
徳川秀忠に語った長寿の秘訣とは?
江戸時代の逸話集『耳嚢(みみぶくろ)』に、こんなエピソードがありました。──
ある時、徳川幕府の第2代将軍・徳川秀忠が、天海に長寿の秘訣を尋ねたそうです。すると天海は、こんな和歌を詠んで答えました。
長寿(ながいき)は 粗食正直 日湯(ひゆ)だらり
時折ご下風(かふう) あそばさるべし
上記を意訳すると、こんな具合になるでしょう。
そうですな。長生きしたいのであれば、まずは食事を質素にするのが基本です。ご馳走続きだと「舌は極楽、腹地獄」の末路が待っているでしょう。
続いて正直であること。一度嘘をついてしまうと、つき通さねばならないことから、絶えずストレスがたまってしまうからです。そして毎日湯につかって身心をほぐし、血行をよくするのがよいでしょう。何なら朝風呂をかますくらいの心もちでいることをおすすめします。
だらりとは、つまり湯上りに全身をリラックスさせること、特に男性の象徴をだらりとさせるくらいでちょうどよろしい。とまぁこれが基本でして、最後のご下風、こいつはつまり放屁ですな。人前でかましたりすかしたりはいただけませんが、周囲に誰もいないところであれば、思い切りぶっ放すのと気分爽快ですぞ。
まぁ、たまにはいいでしょう。たまには
続いて正直であること。一度嘘をついてしまうと、つき通さねばならないことから、絶えずストレスがたまってしまうからです。そして毎日湯につかって身心をほぐし、血行をよくするのがよいでしょう。何なら朝風呂をかますくらいの心もちでいることをおすすめします。
だらりとは、つまり湯上りに全身をリラックスさせること、特に男性の象徴をだらりとさせるくらいでちょうどよろしい。とまぁこれが基本でして、最後のご下風、こいつはつまり放屁ですな。人前でかましたりすかしたりはいただけませんが、周囲に誰もいないところであれば、思い切りぶっ放すのと気分爽快ですぞ。
まぁ、たまにはいいでしょう。たまには
秀忠は、よく言えば品行方正で、基本的には優秀でした。しかし父親の徳川家康に比べると剛胆さに欠けるところがあり、悪く言うなら小心者でした。
絶えず周囲に気を遣ってビクビクオドオドしていれば、そりゃ心身にかかるストレスが寿命を縮めてしまうことでしょう。だから天海は「長生きしたければ、ストレスフリーな環境やライフスタイルを心がけなさいよ」とアドバイスしたのでした。
徳川家光に語った長寿の秘訣とは?
そんな事があってから時は流れ、今度は第3代将軍・徳川家光が天海に長寿の秘訣を尋ねたそうです。すると天海、今度はこんな和歌を詠んでよこしました。気は長く 務めはかたく 色薄く
食細くして 心広かれ
さぁこれは一体どういう意味でしょうか。
あなたはとかく短気なので、そう年がら年中カッカしてはいけません。寿命が縮んでしまいますぞ。あなた以上に、周囲の者たちの寿命が。
続いて、お祖父様(家康)譲りの剛胆さは結構なのですが、あまり剛胆に過ぎるのもよくありません。なぜなら政治を進めるには細心の注意が必要で、周囲への根回しや配慮がおろそかになると、後から支障が出てストレスの原因になるからです。
そしてあなたの色好み……古来「英雄色(しき)を好む」とはよく言ったものですが、これも度を過ぎれば寿命を縮めてしまうでしょう。絶倫はうらやま……もとい誠に結構ながら、やはり何でもほどほどが一番なのです。
また長生きするためには、大食いも控えねばなりません。ご幼少のころは食が細くて心配でしたが、逆に過食も心身の健康を阻害してしまいます。腹八分が理想ですな。
最後に全体を通して、心を広くもって、怒らないように努めるのがよろしいでしょう
続いて、お祖父様(家康)譲りの剛胆さは結構なのですが、あまり剛胆に過ぎるのもよくありません。なぜなら政治を進めるには細心の注意が必要で、周囲への根回しや配慮がおろそかになると、後から支障が出てストレスの原因になるからです。
そしてあなたの色好み……古来「英雄色(しき)を好む」とはよく言ったものですが、これも度を過ぎれば寿命を縮めてしまうでしょう。絶倫はうらやま……もとい誠に結構ながら、やはり何でもほどほどが一番なのです。
また長生きするためには、大食いも控えねばなりません。ご幼少のころは食が細くて心配でしたが、逆に過食も心身の健康を阻害してしまいます。腹八分が理想ですな。
最後に全体を通して、心を広くもって、怒らないように努めるのがよろしいでしょう
父の秀忠とは打って変わって、今度は豪快すぎる家光に対しては性欲や食欲をコントロールして、大らかな心をもって臨むようアドバイスしたのでした。
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天海が好んだ粗食とは
このように長寿のアドバイスを行った天海は、どのような食事をとっていたのでしょうか?天海の長寿を支えた粗食に、クコ飯と納豆汁があったと言います。
クコ(枸杞)とは、赤くて甘い小さな実で、お隣の中国大陸では漢方薬として古くから利用されてきました。これを飯に炊きこんだそうで、クコには老化予防や免疫力強化に効果が高いベータカロテンが豊富に含まれています。また、赤い色素であるベタインは疲労回復に効果が認められ、これらの栄養が天海の健康長寿を支えたことでしょう。
納豆汁は天海の故郷である会津地方をはじめ奥州各地の郷土食で、現代でも優良な健康食品として食卓を彩っています。現代では納豆を米飯と一緒に食べるスタイルが広がっていますが、江戸時代以前は味噌汁に入れた納豆汁スタイルが一般的でした。
納豆に含まれる良質な大豆たんぱくやレシチンは身心の維持や老化予防に効果があるとされ、またサポニンはコレステロールや脂肪を排出すると言われています。
加えてストレス解消に効果があるカルシウムや、胃腸のコンディションを整える食物繊維も豊富に含まれていました。
かつて鯛の天ぷらを食べて体調を崩した徳川家康に納豆汁を振る舞ったことで、一時は体調が持ち直したということです。
他にもアルカリ性で酸化した身体を中和する梅干しや、食物繊維に富んだ牛蒡なども好んで食べたと言われます。
終わりに
……家康公にたより御祈祷を主(修)し、御政道の御助言をも申し上げられ候。秀忠公、家光公、家綱公四代の御祈祷、御心のままに修し、得寿(とくじゅ)百五十餘にて遷化(せんげ)なり……
今回は徳川家康・秀忠・家光そして第四代将軍の徳川家綱に仕えた南光坊天海について、長寿の秘訣を紹介してきました。こちらの『葉隠聞書』では150余歳まで生きた(得寿百五十餘にて遷化)とされていますが、さすがに生きすぎでしょう。
一般に天海は、天文5年(1536)生~寛永20年(1643)10月2日の108歳まで生きたとされています(諸説あり)。
現代に生きる私たちも、ストレスフリーで心身の健康を保ち、幸せに長生きしたいものですね。





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